巌雄(イワオ)は悔やむ。

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 相変わらず沈黙を守るケンスケとイワオが、リビングに残ってしまった。  ケンスケはぼんやりと窓の外を眺めていたが、やがてイワオにしげしげと見入り、口を開く。 「上司には無視され、同僚からは虐められ、労働条件も過酷、薄給で福利厚生もないのに会社にしがみついていた。でも結局は馘になって、手っ取り早く金を得る方法を探した」  大きく息をついて続ける。 「たまたま知ったサイトの求人情報を見て、アプリをダウンロードしてメッセを送ったら、クラウンという男から連絡があった。言う通りにしたら強盗が成功して、すっかり指示の中身を信じるようになった」  ケンスケは天井を仰ぎ、両掌で顔を覆った。 「幾度も罪を犯すうちに怖くなって抜けようとしたら、自分も母親も家を失くすと脅してきた。だから従うしかなかった。でも逆に、何も考えずクラウンが命じるままにこなせば、金も稼げるし、受け入れてもらえる。居場所があると感じるようになった」  ややあって、くっくっと肩を震わせて忍び笑いを始めた。滑稽なものだ、と漏らす。  次にケンスケは、世話していた後輩たちに声をかけて、仲間を募った。最初は沢山来て羽振りがよかったが、やばい仕事とわかってから、ひとりまたひとりと減っていった。 「近頃はもうマツゴしか応じてくれない」  太陽のせいで人類が滅びの危機にあると知っても、指示通りに決行するしかない。  訥々と語り続けるケンスケを見るうちに、イワオは、会社を継げと息子たちを責めたときのふたりの表情を思い起こした。 「おおい、戻ったぞ」  マツゴに続いて、サトウサンがドアをくぐって入ってきた。  でかい男だ、こいつの方がよほど強盗らしい。イワオは目を丸くした。 「皆、来てくれ」  ダイニングテーブルの上には、すっかり鍋の準備ができていた。 「さあて」  マツゴはいつ持ってきたのか、赤ワインをどん、と出した。中世の塔のようなシンボルがラベルに書いてある。 「向こうの部屋に立派なワインセラーがあった」  サトウサンが、ガラス張りのボードからワイングラスを取って来る。  イワオは椅子に座った。 「強盗の詫びのしるしだと? 全部我が家のものだし、お前たちも結局相伴にあずかるんじゃないか」  えへへ、とマツゴは笑う。  まだ遠くへ意識が飛んでいるようなケンスケが、のろのろとやってきた。 「乾杯、いや、奥様に献杯、かな」
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