巌雄(イワオ)は悔やむ。

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 マツゴは、深紅の液体を注いだグラスを高々とかかげた。いつの間にか場を仕切っている。  だが、サトウサンだけは頑なにワインを断る。 「車を運転するから」  今さら何を言うんだ、とマツゴは執拗に迫ったが、サトウサンはグラスに茶をついで飲み始めた。 「さて」マツゴは両手をもみしだいた。  牛脂を鍋にしきつめて、大きめに切った肉を並べる。霜降りの脂が溶けるところで醤油をかけ回し、みりんと料理酒を足して、ザラメをこんもりと盛る。 「割り下を先に作るんじゃないのか」  サトウサンが妙なところに感心した。 「よし、毒見させていただこう」  マツゴはあつかましくも一枚先にほおばる。 「……美味い!」  他の三人もつられて箸を伸ばした。  イワオは、肉と野菜を入れた小鉢を持っていくと、妻の写真の前に供えた。 「奥さんも喜んでくれるだろう」  マツゴは悪意なく言い放った。 「幸せな頃の家族団欒でも思い浮かぶか?」 「家族か……」  イワオは、自分自身もなぜかわからないうちに、ぼつぼつと話し出す。  家族のためだと信じてひたすら稼ぎ、苦心して知恵を絞り、会社を創り、息子たちに後を継がせようとしたら、ふたりとも会社を嫌って、家を出て行ってしまった。就職やら出世競争で苦しまずに済んで、きっと喜ぶだろうと簡単に考えていた。結局、自分には何もわかっていなかったと思う。  妻についてもそうだ。無欲で献身的だったから、豊かになった時には贅沢してほしいと願っていた。だのに、自分は、妻の本当の望みもまったくわかっていない。今日初めて、質素にして倹約していたのを知ったばかりだ。  イワオは、ワインをあおって重い口を開き、ようやく何もかも吐露した。  マツゴは、むっつりしたまま話を聞いていたが、どんどんと不機嫌そうになっていく。ワインセラーからどんどんボトルを持って来て、浴びるように飲む、  イワオが黙ると、今度は、すっかり赤ら顔になったマツゴが話し始めた。
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