万津吾(マツゴ)は渋る。

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 漆黒の黒雲が夜空を覆う。が、ときおり雲間から七色の毒々しい光が射す。 「今夜は磁気嵐が激しいな」  ギラギラした虹のような輝きは、ほんの少しの間だけ地上を照らすと、ふいにすっと薄らいでいく。  番組は終わらなかった。 「すでにお聞きの皆様はご存知のことと思いますが、五十二日前、二千二十五年の九月から、南北両極の磁力が突然弱まり、消えてしまいました。地質学では過去何度も起きたことが確認されていますが、観測史上では初の現象で、原因はまだわかっていません」  微かに、哀しげな嘆息が聞こえた。 「このために、降り注ぐ太陽の宇宙線から地球を守っていた磁気圏も失われ、太陽光の異常照射が直撃したユーラシア大陸、アフリカ、南北アメリカの各地域では、人類を含めたほとんどの動植物が死に絶える事態となりました、でも」  こらえきれなくなり、声に悲痛さがこもる。 「ずっと雲に覆われ続けた日本列島だけは、神様が護ってくれているんじゃないかと信じていたのに……」  最後は嗚咽に変わってしまった。  とたんにシートがガタガタと激しく揺れ、ヘッドレストがマツゴの後頭部をごんごんと叩く。  続いてケンスケの怒号が聞こえる。 「もう現場だ、ラジオを止めて静かにしろ!」  ケンスケの方がやかましいと思いながらも、黙ってマツゴはスイッチをOFFにする。  わずかな静寂が続いた後に、サトウサンがおもむろにつぶやいた。 「着いた」  セダンはゆっくりと路上に停まる。  ケンスケが短いあごひげに手をやった。暇があれば手入れしている自慢のひげだ。  三人は右側の窓の外に目を移した。  高く白い塀がぐるりと囲む一画。  瓦屋根の立派な門は開いたままで、小高く盛り上がった敷地の奥へと石畳の道が続く。  再びぎらりと輝く雲間の光芒を背にして、盛土の丘に立つ屋敷の影が浮かんだ。  瓦葺きの屋根に重厚そうな煉瓦造りの壁。四隅にはギリシャの遺跡のような円柱。  和洋折衷のごちゃごちゃした意匠の建物だ。
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