佐藤さん(サトウサン)は唸る。

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 イワオは、ケンスケからサトウサンへ視線を移し、マツゴにも目をやる。 「侵入してきて暴力をふるって拘束して家探しして、食材も漁ってすき焼きにして食ってしまって……」  言葉に反してイワオの顔つきは満足そうだ。 「まあでも、あいつ……家内が作ったのよりずっと本格的で美味かったよ」  ほうれい線の外側にさらに何本ものしわを作り、イワオはにっと笑った。  マツゴはようやく息が整ったらしく、恥ずかしそうにもごもごと口ごもる。 「ついかっとなった、すまない……」  続いて、急に立ち上がろうとして足をもつれさせ、ぐらりと傾いた。  サトウサンは、よろけたマツゴの脇に腕を差し入れて支えた。 「金は持っているものに集まってきて、逆に出ていくことはない。一方向にしか回らないラチェットみたいなものかな」  言い訳のようにマツゴはつぶやき、おもむろにケンスケを見やる。 「おい、俺たちの行く先は?」  身体を預けたままで問う。 「計画では、あらかじめ逃亡のルートを決めていたけれど」  またあごひげに手を当てて、ケンスケは首をひねった。 「街に向かう、他には思いつかない」  サトウサンは思う。  朝は必ずやってくる。  じわじわ死に近づく以外の選択肢はない。 「じゃ、ぼちぼち出るとするか」  リビングのドアに手をかけてケンスケが促す。  まだふらつくマツゴに肩を貸しながら、サトウサンも続く。  すると……。 「連れて行ってくれんか」  三人の背後へ、イワオが声をかけてきた。  サトウサンは仰天して振り返る。  他のふたりも驚いて目を丸くする。  真剣な表情になったイワオは、ため息のように言葉を吐いた。 「明日、部屋で黒焦げになることを想像すると……少し違うかたちで死を迎えたい」  目を細めてリビングとダイニングをぐるりと見渡し、再度ケンスケを凝視する。 「頼む」  ケンスケは首をすくめ、眉根にしわを寄せた。 「ついてきて、何をする?」  断わりたい気持ちがにじみ出るケンスケに、サトウサンは声をかけた。 「晩飯の恩義に報いよう」  ケンスケは肩をすくめる。 「……サトウサンが言うなら」  金も品物も奪うつもりだったのに何を今さら、とケンスケが反論してくるかと思ったが、サトウサンは拍子抜けした。
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