佐藤さん(サトウサン)は唸る。

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「これが最期の景色か……」  ケンスケが他の皆の気持ちを代弁するように、ぼそりとつぶやく。  イワオが振り返り、少し驚いたようにケンスケを見つめる。 「センパイ」  マツゴが呼びかけた。 「正気に戻ったみたいだな、よかった……」  大きく肩を動かして、深呼吸のような吐息をつく。  サトウサンは、マツゴの声が鼻水交じりになっているのに気づいた。  ふいに、サトウサンの頭に、さっき車の中で読んでいた「右大臣実朝」の一節が浮かんだ。 「アカルサハ、ホロビノ姿デアロウカ……」  ケンスケが、いぶかしげにサトウサンをにらみつける。 「いきなり何だ、あまりのことに詩の才能が目覚めたか」  からかうように口元をゆがめた。  サトウサンはケンスケの言葉が聞こえない風で、先を続ける。 「人モ家モ、暗イウチハマダ滅亡セヌ」 「ああ、そりゃあ……文学小説だな」  心当たりがあるように、イワオが引き取った。 「ええと……森鴎外、だったっけ」  サトウサンは自然と笑みをこぼした。 「いや、太宰だ。太宰治だよ」
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