卯佐実(ウサミ)は吼える。

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 見上げる老人の視線を追うと、大通りから離れたところに、高々とそびえる電波塔と根元の真四角のビルが見えた。  電波塔の鉄骨は赤と白に塗り分けられ、頂上までの間に何か所か設けられた台座の上で、幾つもの灰色の円形アンテナが、各々別の方角を向いている。  塔の真下に立つ濃い茶色のビルにはほとんど窓がなく、代わりに巨大な換気口が壁に並ぶ。換気口の真下からは、水分が流れた跡が黒い染みとなり、長く長く伸びている。本当にただの四角い建物だ。 「儂はあのビルで長いこと勤めていたからな、高さ六十メートルの電波塔の頂上、八階建ての各階の部屋数、地下十四階まである縦坑と続く洞道の突き当りまで、よく知ってる」  老人は、マツゴたちがやって来た丘陵地帯の中腹を大雑把に指さした。 「近所の農家の連中がもう避難しているはずだ」  さっき家々に人の気配がなかったのは、早々に其処へ避難したからか……。マツゴは合点がいった。  互いに顔を見合わせてためらっている四人を眺めて、からかうように老人は呼びかける。 「若い身空でもう命を諦めたのか? その爺さんだって、肌がつやつやしとろうが」 「え?」イワオが老人を見やり、間抜けな声をあげた。  とたんに、ケンスケがにやりとする。 「まだ若いとさ、爺さん」  続いて、まるで四人の代表者のように老人に向かって叫ぶ。 「よおしわかった、一緒に行く」  マツゴは、昔と変わらない頼もしいケンスケセンパイの姿を垣間見た気がした。  電波塔の天辺には、すでに日射しが届こうとしている。  老人は、ジャケットのポケットから鎖のついた古い懐中時計を出し、いそいそと足を早めた。 「だったら急げ、時間がない」  ケンスケたちは、弾かれたように老人の後を追う。イワオも他の三人に遅れまいとよたよた走る。 「せっかく今まで死に損なってきた命だ、生きる目があるなら、生き延びにゃいかん」  老人は自分に言い聞かせるように、ぼそりと口にした。
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