万津吾(マツゴ)は渋る。

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 マツゴは、ドアの中を見て驚いた。  まるで旅館か料亭のような構えだ。  広々とした三和土。幾重にも年輪が重なった木の幹の輪切りが、でんと居座っている。  手前で、ケンスケが老人――屋敷のあるじを押さえつけていた。 「さっさと拘束しろ!」  マツゴは気乗りしない。相手は暴れていないというのに……。 「何をまごまごしている!」  老人はケンスケに組み敷かれながらも、落ち着き払った声で訴えてきた。 「抵抗しないからあまり力を入れないでくれ。骨粗鬆症なんだ」  両手をそろえてマツゴに突きつける。 「さあ早く、怪我する前に縛ってくれ」  マツゴはポケットから結束バンドを取り出した。  しかし……マツゴは考える。  夜明けが来て明るくなったら、太陽の異常放射がすべてを焼き尽くす。豪邸も真っ黒な炭に変わってしまう。もし金目のものを奪ったとしても、自分たち自身が死んでしまったら、もう意味はない。  なのに、ケンスケは滅びの前夜になぜ強盗なんかしているのか。  まさか、クラウンが命じるままに、今までと変わらない行動を繰り返し、今までと変わらない明日がやってくるかのように振る舞っているだけなのか……。  やっぱり、奴はケンスケを恐怖と懐柔で何も考えられないように洗脳してしまったんだ。  マツゴの脳裏に、昔のケンスケの姿がよみがえる。  当時、髪をすっきりと刈り上げたケンスケセンパイは格好よかった。  顔つき、目つき、口ぶり、すべてが活き活きとしていた。  困ったときは頼りになるし、弱ったときには尻を叩いて元気をくれる。  早くに両親を亡くして独りぼっちだったマツゴは、兄のように感じていた。  いつだったか、同じ学年の数人に言われのない難癖をつけられ、取り合わずにいたら、いきなりよってたかって殴る蹴るの暴力をふるってきた。  倍返しを見舞おうとケンスケに訴えたら、復讐し始めたらきりがなくなると忠告され、相手にしないと心に決めた。
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