万津吾(マツゴ)は渋る。

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 でも、学校はケンスケの素行をあまり快く思っておらず、就職にもだいぶ苦労してさんざん失敗したあげく、やっと入った企業がブラックでメンタルをやられ、間もなく退職して、すぐに現在の仕事に手を出すようになる。  自称クラウンとかいうふざけた呼び名の奴に電話一本で丸め込まれ、免許証や戸籍の画像も渡し、母親がひとりで住む実家の住所や連絡先まで迂闊に伝えてしまい、盾にされて、逆らうことができなくなった。  今となっては、アプリのメッセージ一本で従うケンスケは、完全に洗脳されているように思える。  ただもう一方で、結構な稼ぎになる食い扶持を手放せなくなった、とも見えた。ケンスケはいつでもイライラして、指示文の細かいところによけいな気を回して真意を勝手に憶測している。自分を追い詰めて焦り、すぐに周囲にキレるようになった。  四六時中、落ち着きなく身体を揺らし、定まらない視線でひたすら何かを考えている。  クラウンに、そして不甲斐ないケンスケにマツゴは憤慨していた。  でも、ついてきてしまったマツゴ自身も、実は洗脳されかけていたのかもしれない。  と思ううちに、動作がおろそかになる。  結束バンドを締めるマツゴの手が途中で止まっているのをめざとく見つけたケンスケは、悲鳴に近いきいきい声で叫んだ。 「ぼっとするな! いい加減にしろ!」  ケンスケの目には、自分は指示にも従わずのろのろ動いている不可解な奴に映っているに違いない。  けれど、マツゴからすれば、最後の夜に、命じるままに屋敷に押し入るケンスケこそ理解できない。とはいえ「センパイ、でも……」なんて疑問を口にしたら、何をし始めるかわかったものではない。  マツゴは黙ったまま、ただ手を早めることはなく、指図の通りに諾々と、ただ痛くない程度に老人を縛り上げた。
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