健輔(ケンスケ)は覚める。

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健輔(ケンスケ)は覚める。

 無抵抗の相手を押さえつけても、いい気はしない。とっととやれと言ってるのに、マツゴときたら……。   苛立ったケンスケは、老人に嫌味をぶつけた。 「老い先短いくせに命が惜しいか」  負けじと老人もうそぶく。 「先がないのは皆同じだ」  わかっている。わかっているけど仕方ない。  ケンスケはかっとなって、輪切りの木の前の小さな卓にあった分厚いガラスの灰皿を投げつけた。  身をちぢこまらせた老人の横を通り過ぎた灰皿は、三和土の上に落ちた。吸い殻と灰をまき散らして、玄関の隅までころころ転がる。  だがケンスケの気持ちはおさまらない。  老人の作業服の衿をつかんで荒々しくゆすり、突き当りのリビングルームまでずるずるひきずって放り出す。磨いた廊下を背中がつるりと滑り、勢い余ってテーブルに突っ込む。  マツゴは床に這いつくばった主人を引き起こして、「足が悪いみたいだからな」と言い訳を添えながら、高価そうな赤革のソファに座らせた。  何のつもりでマツゴが気遣うのかわからない、と思いつつ、ケンスケは老人に詰め寄った。 「金庫の在処は?」  老人は苦々しげに答える。 「廊下の突き当りから下った地下室にある。でも金はもうない」  何を言ってるんだ……と思いながら、ケンスケは大股で廊下に進む。  どんづまりの右側に、下へ続く狭い階段が見えた。  薄暗い階段を降りていくと、頑丈そうなスチール製の白い防火扉がたちはだかる。ケンスケは、固いドアノブを回して重い扉をぐっと押した。  真っ暗な地下室の奥に四角い影がぼうっと浮かぶ。老人はオレンジ色に点る照明のスイッチをぱちりと押した。  いかつい骨董品の金庫を青白い光が照らし出した。  観音開きの扉には、くすんだ金色の把手が二個ついており、錆が浮かぶ前面には大きな金属製のダイヤルがひとつ。右隣りには鈍く輝く丸いボタンが横三列にびっしりと並ぶ。各々の表面には数字と英字が刻んであった。
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