健輔(ケンスケ)は覚める。

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 一通りボタンを押してから、老人はダイヤルをゆっくりと回した。  ケンスケは、いつ鍵が開いたのかわからなかった。   が、マツゴには解錠の瞬間が聞こえたらしく、低く小さな口笛をひゅっと鳴らす。  老人は、ダイヤルの下のふたつの把手にぐっと力を入れ、観音開きの重い扉をゆっくり開いた。  ケンスケがごくりと唾を飲む。が……。  白木の板で仕切った内部には、もうひとつ、一回り小さい金庫が鎮座していた。 「先に言えよ、お前!」  マツゴが騒ぎ始め、ケンスケの眉もきりきりと上がる。  だが、老人はふたりの様子など意に介さず、両手で大事そうに小金庫を引き出し、ダイヤルを慎重に合わせて蓋を開いた。  だが、やはり中には何もない。 「やっぱり空っぽじゃないか!」  滅多に発しないほど甲高いケンスケの声が、地下室の壁を震わせる。  それでも老人は表情ひとつ変えず、衝撃の言葉を口にした。 「札も、銀行の通帳も印鑑も、証券も、もうとっくに焼き捨ててしまったよ」  マツゴが声をあげる。 「さっき焼却炉から上がってた煙は……」  ケンスケの頭に昇った血は、ついに沸点を越えた。 「他に金目のものはないのか!」  右手を高く振りかざし、老人を殴りつけようとする。  老人は怖がる様子もなく、静かに答えた。 「何ひとつ残っていない」  ケンスケは半ば悲鳴をあげるようにしてすさまじい剣幕で命じる。 「探せ、家じゅう!」  跳び上がったマツゴは、家じゅう駆けずり回って、棚やタンスをひっくり返し始めた。  しばらくしてやっと、わずかばかりの宝飾品を見つけたマツゴは、ソファテーブルに並べた。  ケンスケは再び老人を縛って、ソファに転がす。   すると老人は、初めて悲しそうに声をあげた。 「皆あいつの形見だ、ついこないだ逝ったばかりの」
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