幸せへの約束

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「幸せだったよ、とても」 と私が言うと、 少し申し訳なさそうに、 「ありがとう。」 と息子。 続けて、 「母さんの子供でよかったよ。」 最後の言葉を告げた息子は軽く息を吐き、目を閉じた。 しばらく息子の寝顔を見守った私。 「もう、大丈夫だわ。」 私は息子を見届けてから自分のベッドに向かった。 準備が終わり、静かに横たわる。 「生まれ変わっても息子の近くにいられたらいいな。 今度は息子が父親で私が子供だったりして・・・」 私は口角が上がった口元で逝った。 ・・・ 私はどうやら再生したらしい。 以前の記憶がある。 ただ戸惑うのは再生した姿が犬なのだ。 しかも保護犬らしく大勢の犬とスタッフと暮らしている。 (おかしい・・・。私は犬嫌いだったのに・・・) 私は犬の仲間とは一緒にいられず、いつも離れていた。 今日は譲渡会の日だ。 私は少し離れた木の下にいた。 (犬が好きな人って一杯いるのね・・・) 静かにたたずみ、譲渡会の様子を見ていたら、 横から視線を感じた。 私はその視線の方に顔を向けると、 (あら、かわいい男の子ね。大人しそうだわ。) 「あきら、どうした?」 「ああ、父さん、この子、優しい顔をしているよ。」 男の子の後を追い、父親がやってきた。 「そうだね。」 「この子がいい」 「よし、一緒に世話しよう。」 私はあきら君と父親の姿を交互に見ながら、 これからの生活が楽しみになった。 家に着くと二人は庭で犬の私を洗ってくれた。 晴れた日で気温も丁度よく気持ちよくなり 寝てしまった。 私は目を覚ますと夕食の時間みたいだった。 「よし、出来た。あきら、器を用意して。」 「はい。」 二人は夕食を小さい器に入れていた。 (仏壇だ。) 二人は正座して手を合わせてた。 私はそっと近づき写真を見た。 優しい笑顔の女性だった。 「母さん、今日から犬を飼う事になったよ。」 あきらに頭をなでられた。 (私は複雑な気持ちになった。) 私はゲージの中で今日の日を振り返った。 (あの女性はあの子の母親で、あの人の奥さんなのね。 もし、息子が大人になって結婚して、子供が出来ていたら、 私はおばあちゃんなのね・・・・) 「おはよう。今日は学校へ行けるか?」 「・・・うん・・・。」 あきらは布団から出そうになかった。 「あきら、お昼はうどんがあるから、火を気を付けて温めて。」 「父さん、わかった。・・・ありがとう。」 「じゃあ、今日はあきらの好きなお寿司を買ってくるよ。」 あきらはパジャマのまま、父親を見送っていた。 (私は理解した。母親が亡くなったショックでまだ学校へ行けないんだ。) 私はあきら君に元気になってほしくて散歩に連れて行ってもらった。 あきら君はあまり足は速くなく、体力もそんなにない感じがした。 だから私はわざと速く走ったり、長い距離を散歩するようにした。 そんな日々が続くと、あきら君は日常の生活に戻っていった。 さらに嬉しい事があった。 「父さん、ぼく、陸上部に入ったよ。」 「え、ほんとに?どうした急に?」 「ららの為だよ。」 あきら君は私を見て言った。 あきら君が寝付いたその日の夜、父親が犬の私を見ながら、 「あきらが自分からやりたいって事は初めてだよ。 ありがとう、らら。」 私はかつての息子の姿を思い出し、その気持ちが痛いほどわかる。 (嬉しいよね。よかったね。あの子にもそんな機会があれば・・・) 時は過ぎ、あきらは家を出て生活していて、私はすっかり散歩に出る回数が減り、出てもゆっくりだし、すぐに家に戻るようになっていた。 父親も定年を迎え、生活が穏やかになり、私はついにゲージから出ない日々が続いた。 「らら、今日はあきらが彼女を連れてくる日だよ。」 すっかり大人になったあきらはある人を紹介しに家にくるようだ。 「ただいま、父さん、らら」 そのあとに、 「お邪魔します。」 と女性の声がした。 二人は私のそばに来て、頭をなでてくれた。 その手のぬくもりに安心して私は二度目の最後の目を閉じた。
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