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次の日。
あの公園へ差し掛かると、真理さんとマロンちゃんがいた。公園のベンチに座って、サッカー少年を眺めているみたいだ。
そのまま公園を通り過ぎるかな、と思いきや、洋平くんが公園の中へ入っていくので、僕もついていく。
「あの。昨日はありがとう」
洋平くんが、真理さんに声を掛ける。
「いいえ。あ、どうぞどうぞ」
真理さんが、ベンチに座るようすすめる。ちょっと迷って、洋平くんも腰を下ろした。
僕のリードをくるくる指でいじる洋平くん。緊張しているみたいだ。
「寒い……ね」
「ほんとに。怪我は? 大丈夫?」
「おかげさまで。頭洗う時めちゃしみたけど」
「アハハ、可愛いわねその絆創膏!」
「家にあったのがこれだったんだよ」
洋平くんの手のひらには、製薬会社のキャラクターがプリントされたファンシーな絆創膏が貼られていた。
真理さんの楽しそうな笑い声が、公園の空に吸い込まれていく。
マロンちゃんは僕になど目もふれず、サッカー少年のボールの行方を追っていた。
夕陽に照らされた横顔がまた、美しい。
「あれ、ボール蹴ってるの、私の弟。宗太って言うの。下手くそでしょう」
「……まぁ、うまくはないかもね」
「学校で、下手くそだからって仲間外れにされたらしいの……我が弟ながら、頑張ってはいるんだけどね」
「でも、楽しそうだよね。なんか」
「そう! そうなのよ、楽しそうなの!」
真理さんが、目を輝かせて洋平くん側に身を乗り出す。
「ねぇ、洋平くん、コーチしてくれない?」
「……無理だよ。もうサッカー辞めたし」
この足だし。洋平くんの声が、どんどん小さくなる。
「そう……」
残念そうに、ベンチに深く背を預ける真理さん。
でも、僕は知っている。
洋平くんがこの公園で、いつも、サッカーをする宗太くんを眺めていることを。
眩しそうに、羨ましそうに見つめていることを。
僕が犬じゃなかったら、言うんだけどなぁ。伝えられないのがもどかしい。
「あ。昨日ハンカチだめにしちゃったから、コレ。良かったら」
いつ買って用意したのか、洋平くんが真理さんに小さな包みを手渡した。
「気にしなくてよかったのに。……あ、可愛い! ワンちゃん柄」
真理さんの目の前で綺麗に広げられた、薄ピンクの正方形。
真理さんが開いた包みの中は、新しいハンカチだった。
犬のキャラクターがたくさん散らばっている。洋平くん、ナイスセンス。
「誰かに物をもらうって久しぶり。 ありがとう!」
その時の真理さんの笑顔が本当に素敵で。
素敵だねぇ洋平くん、と目を向けたら、耳まで真っ赤な洋平くんと目が合った。
僕が洋平くんのお家に来て5年。
これは、初めて見る洋平くんかもしれなかった。
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