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推しがいなくなってしまった。
久しぶりの感覚だった。
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私の推しは、ある日突然生前葬をさせられた。
意味がわからないと思うけれど、そうとしかいいようがなかった。事務所とトラブルにあったらしいとしかわからず、ある日マスコミにいきなりメール配信されて、引退が発表された。
私の推しはアイドルだった。
人気はあったと思う。ドラッグストアに出かければいつでも彼の歌が流れ、化粧品の広告、飲料品の広告、町の中であちこちで見られ、それを見かけるたびにスマホで写真に治め、自分用フォルダーに納めていた。
週刊誌には激しく彼を追求する記事が書かれたものの、匿名ブログや匿名ちゃんねるではすぐに否定の記事が流れ、情報が錯そうとしていた。
【わずか二十代で同棲の恋人と結婚か】
『違うよ。Kくん東京生まれで実家住みだよ。家族が病気だから一時期実家出てたけど戻って来たって。ブログにそれっぽいこと書いてた』
【彼は人付き合いが悪いと業界関係者のAさんがこっそり当誌にだけ打ち明けてくれ……】
『この間自分が働いてる店に遊びに来てたよ。地元の友達としょっしゅう食べに来てたし、おごったりおごられたり無茶苦茶仲良かったよ』
【渡米目指して猛勉強……夢は実業家か】
『マスゴミなんてアメリカにすらやって来て勝手に写真撮るのに、マスゴミ追い返せるとしたらマスゴミ関係者になるくらいじゃないの? Kくんが事務所と揉めてたのはほぼ確定だけど、辞めた理由は全然わからん』
どれが本当で、どれが嘘か。
当時の私には精査する力なんてちっともなく、結局は彼の出したCDを求めて、少なくなったCD屋を求めてさまよわなければならなかった。
配信は儚い。事務所を辞めた途端に彼の曲の配信は全てストップしてしまったため、彼の曲を求めて街を徘徊しなければ、彼が生きていた証が消えてしまうのだから。
それからというもの。私は音楽番組を見るのが怖くなってしまった。
『あの事務所に入るためにすごく頑張ったんです。これからも頑張ります』
kくんだって頑張ってたよ。引退したけど。今どこでなにしているのかさっぱりわからないけど。
『それでは聞いてください……』
彼の歌が聞きたかったな。
テレビ欄のどこを見ても彼の気配はなくて、誰も彼の話題に触れない。そのことにストレスを感じた私は、アイドルからだんだん遠ざかってしまった。
でも。私はアイドルが好きだった。
「そんなにアイドル好きならさあ。二次元のアイドル応援すればいいじゃない。二次元なら引退しないし、年取らないし。お金続かなかったらサービス続かないかもだけど」
友達に進めれたのは、アイドルゲームだった。
アイドルゲームもほんっとうにいろいろあり、女アイドルものも男アイドルものもある。
ゲームの種類も様々だ。
音ゲーと呼ばれるリズムに合わせてクリアしないといけないゲームもあれば、ノベルゲームと呼ばれるゲーム要素は一切ないゲームもある。
私がはじめたのは、ちょっとしたカード育成システムはあれども、大きなゲーム要素はない。でもカード育成を頑張れば特典をもらえるというタイプのアイドルゲームだった。
本当に久々にアイドルソングに触れた。
歌が無茶苦茶上手いアイドルもいれば、歌よりもキャラに重きを置くアイドル、全体のポテンシャルもバランスもいいアイドル。さまざまなアイドルに触れている中、私は久々に推しというものを見つけてしまった。
彼はびっくりするほど普通、というキャラクターだった。
一応存在しているシナリオを読んだものの、アイドルゲームとは思えないほどに普通な男の子。周りに引きずり回され、ときどき起こる騒動やトラブル対処にあたふたしている男の子。
最初は「本当に普通の子だなあ」程度に思い、歌の上手い子や顔のいい子ばかり見ていたけれど、気付けば彼を目で追い、彼がメインに入るイベントは常連で参加し、彼のカードを優先して集めている事実に気付き、誤魔化しようがないと気付いてしまった。
私は彼を推していた。
アイドルゲームであっても、最近はコレクターアイテムとしてしかCDが売れない時代。CDが発売されれば、テレビに必ず彼が映っている。少しだけアイドルゲームの紹介やアイドルの紹介もされる。それでいて、マスコミに彼の中身を暴き立てられて嘘を並べ立てられない快適な生活。
二次元のアイドルを推すって、こんなに精神的に楽だったんだ。
私はカードの数を確認し、そろそろ彼のイベントが来るだろうから、きちんと休みを確保しないととか、どれだけ必死に走れるかの計算をしないととか、スケジュールを並べて計算した。
充実していたんだ。本当に。
あのニュースが出る前までは。
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