推しが消えたそのあとも

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**** 『カラーウォーズ』マネージャーの皆様へ声優変更のお知らせ 【フリデリカ】所属アイドル、崎守絢太担当声優が ****  SNSは阿鼻叫喚になり、私は見てられなくなって、スマホを投げ捨てて突っぱねていた。  契約問題なのか、推しアイドルの声は全てミュートがかけられて、何度タップしても声が出ない。  いきなり推しの声が奪われてしまった事実に、私は愕然とした。  担当声優さんは、声優に詳しくない私ではよく知らないが、私にゲームを紹介してくれた友達いわく「むっちゃ売れてる」声優さんだったらしい。  その人が引退となったら、大変だろう。  そうどうにか自分を納得させようとする気持ちと一緒に「知るか」という暴力的な感情が溢れ出る。  私の推しの声がなくなってしまった。  私の推しの声が奪われてしまった。  せめてどうして引退したのか調べてみたが、担当声優さんの嘆きやら怨嗟やらヘイトやら。少し見るだけで気持ち悪くなるような文字の羅列ばかりでやっぱり見てられず、結局調べることができなかった。  私はパソコンに買ったCDを突っ込んで、歌を流しはじめた。  彼の歌は、無茶苦茶上手くはない。ただ、無茶苦茶下手でも、的外れでもない。  作詞家さんは彼のシナリオを全部読んで咀嚼した上で書いたんだろう。彼の歌に出てくるキーワードのひとつひとつは、私が彼の出るイベントで聞いた言葉ばかりで、自然と涙が溢れてくる。  彼はいた。彼はたしかにいたのに。  それが悲しくて悲しくて仕方がなかった。  私は部屋で嗚咽を漏らしながら歌を聞いていたら、スマホがピコンと鳴った。  アイドルゲームからのお知らせだった。 「え……?」  近日に、新担当声優に、全部置き換えるというお知らせだった。 ****  私はひとりで聞く努力がなく、友達に「助けて」と言って、ふたりでコンビニのカフェスペースで音を付けて聞くことにした。  私がおごったコンビニのココアの湯気だけがもうもうと立ち昇っている。 「い、まから更新って。手を握ってて」 「大丈夫? 前のアイドル引退のときより顔色悪いよ」 「二度目だよ。推しが理由もわからずいなくなるの二度目だよ」 「……声優さん、かなり声色近い人選んでくれたから、そこまで大きくは変わらないと思うよ。前の担当さん演技幅が広過ぎて代表作があるようでないって人だったのに対して、今回はわかりやすい人だし」 「それ期待したほうがいいの。失望したほうがいいの」 「ほら、押して。頑張れ頑張れ」  励まされて、私はアプリのアップデートを済ませてから、ゲームをはじめた。  ゲームのメニューから入ると、震える思いでスクリーンに置いている推しをタップして声を聞いた。 「……違う」 「そりゃ声優さん違うし」 「……なんというか、推しは頑張ってる子だし、その頑張っているのが格好いい子だったんだよ。でも、なんというかこう……普通に格好いい感じがする……」  普通で、それを指摘されるのが嫌で、なんとか自分だけの色を探して足掻いて、もがいて、必死に頑張る姿が、推しのいいところだった。  声優さんもそれに合わせて、どこかとぼけた演技をずっと続けていた。演技幅が広い人だったと言われている人だったのはこういうことなんだろう。  それがとぼけた演技をしている格好いい声に変わってしまっている。  ……新担当には申し訳ないけれど、解釈違いなのだ。  とうとう私はぐしゃりと涙を流しはじめた。 「……推し、またいなくなっちゃった」 「いなくなってないでしょ。いるでしょ。シナリオだって読み返せるでしょ。本当に駄目だったら、声を全部ミュートしてゲームすればいいでしょ」 「でも、推しは声帯がまるっと変わってしまったら……推せるもんなのかなあ……」 「推せるでしょ。ガワは変わってない。中身は変わってない。推しってそれだけなの」  結局私は、友達と大喧嘩して、それから互いに「ごめん」と言い合ってから、家に帰ることになってしまったのだ。 ****  アイドルが好きだったのに、三次元の推しがいなくなってしまってから、全てが嘘っぽく見えてしまい、それに疲れて音楽番組を見ることができなくなってしまった。  二次元のアイドルだったらスキャンダルはない、引退はない、精神的に楽だったはずなのに、声優さんが変わった途端に私のメンタルはガタガタに崩れてしまった。  それでも。私は膝を抱えて、推しの曲を聞いていた。  普通の男の子が、頑張って頑張ってどんどんと格好よくなっていく様に、私は励まされて救われていた。  無個性もまた個性だと言われているようで、勝手に助かっていた。その声はもう聞けないし、もう声が変わることもない。  かつての推しだってそうだ。  彼は言動とは裏腹にひどく苦労人であり、そこに勝手に私は親しみを覚えていた。家族や友達のために体を張れるすごい人だと尊敬していた。  そんな人たちが、なにかの拍子に私の世界からポロリポロリと零れ落ちていなくなってしまう。  たくさんもらったのに、それのお礼も言えないで。  もう推しに伝えられる言葉はないかもしれないけれど。二次元のアイドルに至ってはゲーム会社が連絡先でいいのかすらわからないけれど。  結局私は勝手に助かっただけで、お礼もひとつも言えないのは嫌だと、一生懸命手紙を書きはじめた。  メールだとなんだか嫌だった。便箋を選んで、それを書いて送ることにした。  それはただの自己満足で、もしかしたらどこかに捨てられて届かないままかもしれない。  もしかしたらそれを読んだ人が、かつての推しに接した私のように勝手に救われるだけかもしれない。  それでもいい。返事もいらない。  私はただ勝手に手紙を書いて押し付けることにした。 <了>
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