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犬は猫を憎んていた。猫は捨て猫ではなかった。たくましく繁殖して一定の勢力を保つ生粋の野良猫の一族がいたのだ。猫たちは決して人間に媚びた鳴き声を聞かせることはなかった。人間の隙をうかがい食卓の魚肉を掠め取り、農機具倉庫で子猫を育てた。猫は、犬の鎖の長さを熟知していた。ギリギリを攻める意地悪さも持っていた。犬が狂ったように吠え立てているときは、大体犬の鼻先で猫が毛づくろいをしていた。そのふてぶてしい態度は、人間からも憎まれて然るべきものだった。 「悔しいか」 私は犬に問いかけた。犬はうなづいたように思えた。 「ならばゆけ」 私は犬の鎖を外した。犬に、猫をとらえられるとは思っていなかった。猫が近所で飼われていた伝書鳩を襲ったとき、飼い主はかなり真剣に猫を駆逐しようとしたが全く歯が立たなかった。私はただ、一度くらいは犬の無念にこたえてやりたかったのだ。 犬は素晴らしいスピードで猫に突進した。猫は虚をつかれたようだったが、俊敏に対応して裏山に逃げ込んだ。さすがだ。甘っちょろい猫ではない。 私が追いついて裏山に入ったときには、犬は一本の木を睨んでいた。見上げると木の枝に、猫の姿があった。犬は木に登れない。諦めたのか、(きびす)を返して去ろうとした。猫も枝を降り始めた。  すると犬は絶妙のタイミングで身を躍らせて猫に飛び付こうとした。 「お・・・」 猫は木の幹を勢いよく蹴り、ムササビのように隣の木に飛び移った。犬はしばらく吠え立てたあと、また歩み去るふりをした。猫が降りて来ようとする。飛び付こうとする犬、ムササビのように飛ぶ猫。攻防は3度行われ、犬のほうが飽きた。しかし、こちらの予想をはるかに上回るいい戦いを見せてくれた。それからしばらく、猫が犬の鼻先でふざけた態度をとることはなくなった。  猫の血統はずいぶん長く続いていたが、最近絶えたらしい。おそらく私の田舎が限界集落となり残飯が出なくなったからだろう。誇り高い猫の一族も人間に依存していたのである。  猫という生き物を心から憎み、影さえ見えたら吠えまくっていた犬であったが、一度だけ全く吠えなかったことがある。やはり6月の曇り空のある日、3匹の子猫が庭先に迷い込んできた。痩せ細り、泥だらけだった。長い命でないことは見ただけで分かった。猫はよろよろと庭先に現れ、か細い鳴き声を立てて、犬の前を通り過ぎていった。犬は吠えなかった。犬は、3匹の猫のいく先をじっと見つめていた。 犬にも、憐憫の情があることをその時に知った。 飼えなくなった犬猫を捨てるとき、その人は何を思うのだろうか。誰かが拾ってくれるだろうと淡い期待を持つのであればやめてほしい。99.9%の結末は残酷である。  
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