第2話 猫耳が生えた日

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第2話 猫耳が生えた日

 陽翔達にとってはすっかり慣れたいつもの学校の授業が行われていく。  途中で少しうるさいヘリの音がしたが、それもすぐに収まった。今日も世界は平和だ。  陽翔は今日もいつもの日常で終わるのだろうなと思っていたが、今日は変わったことがあった。  先生が誰かを連れてきた。 「転校生を紹介します」  転校生が来たのだ。それもとびっきりのお嬢様っぽい清楚で気品のある美少女だった。  盛り上がる男子達、感嘆の息を呑む女子達、日葵が不機嫌な顔になり、隣の孝介が陽翔をからかってきた。 「良かったな、陽翔。美少女だぞ」 「別に。僕は女子になんて興味ないし」  平凡な自分があんな美少女と付き合えるわけもない。陽翔はぼやくが、孝介は笑顔だった。 「そうか。まあ、そんなに落ち込むなよ。お前には俺がついてるからよ」 「ありがとう」  友達というのは心強いと思える。もっとも孝介ならすぐにあんな美少女とでも友達になることも出来るだろうけど。  孝介自身はたいして興味が無いようだ。これがもてる男の余裕というものだろうか。  長く黒板をコツコツとしていた転校生は振り返って教室のみんなに挨拶をしてきた。 「勘解由小路幸奈(かでのこうじ ゆきな)と申します。どうぞよろしくお願いいたします」  行儀の良い綺麗な挨拶をする。  どおりで長いこと書いていると思ったら、何とも長い名前だった。  どこかの古式ゆかしい家柄のお嬢様なのかもしれない。  彼女は涼やかで上品な声で言葉を続けた。 「やがてこの地に困難が訪れるとわたしの占いには出ています。それは遠くない未来のことです。でも、安心してください。そのためにわたしが来たのですから。みなさん、何かあったらすぐにわたしに教えてくださいね」 「は~い」  幸奈は何だかよく分からないことを言っていたが、気にする生徒はいなかった。  美少女が喋っているという事実の前では全ての疑問は掻き消え、受け入れられるのだ。  人気者は得だなと陽翔は改めて思った。  今日変わったことと言えばそれぐらいのことで、後はいつもの授業が続いていった。  その夜、陽翔は夢を見ていた。  陽翔の前ではいつかの捨て猫が鳴いていた。 「ニャーニャー」 「悪かったな。誰か良い人に拾ってもらえよ」 「猫になんか構ってないで。行くわよ」 「うん」  日葵に手を引かれて陽翔は去っていく。猫が遠ざかっていく。  耳には猫の鳴き声が響いていた。  陽翔は目が覚めた。今日の朝日はいつもより気持ちよく感じられた。 「起きたわね。陽翔」 「ん?」  聞きなれた声に目を向けると、何故か部屋に日葵がいた。家に来ることはよくあるが、部屋まで来るのは随分と久しぶりのことかもしれない。  彼女はすでに制服を着ていた。そして、気難しそうな顔をしていた。  陽翔は不思議に思って訊ねた。 「おはよう。どうしたの?」 「どうしたのじゃないわよ。頭よ、頭」 「頭?」  言われるままに自分の頭を触ってみる。何だか柔らかい感触がした。 「あたしの頭にも」  言われたままに見てみると、日葵の頭にも何か柔らかそうな物があった。それはピコピコと動いた。  寝ぼけ眼で要領を得ない陽翔に、日葵はキレたように叫んだ。近づいてきて肩を掴んで揺さぶってくる。 「猫耳よ! 何故かあたし達の頭に猫耳が生えたのよ! もうなんなのよー!」 「へえ」  揺さぶられながらも陽翔はまだ事態の深刻さを呑み込めていなかった。  日葵は自分の言いたいことだけ言って部屋を出て、怒った様子でリビングの自分の指定席についた。  陽翔は台所に立って朝ご飯を作ることにする。  彼にとっては朝の慣れたいつもの日課だ。体も自然に動いていく。  日葵はテーブルに肘をついて不機嫌な顔をしていた。自分の頭を見るその視線を陽翔は感じていた。 「むう~」 「どうしたの? 今日は朝からご機嫌斜めだね」  呑気なその物言いに日葵はテーブルをバンと叩いた。 「陽翔は何とも思わないの? 猫耳よ。あたし達、猫耳になってるのよ!」 「もうすぐ学校だし、痛くないなら別にいいんじゃないかな。そのうち治ると思うし」 「何て呑気な。あたし猫嫌いなのに~」 「そんなに嫌なら帽子でも」  被ればいいんじゃないかと陽翔は思ったのだが、 「頭にこんなのがあったら帽子も被れないし。もう~」  確かにこんな猫耳が付いていたら被れる物ではなかった。  猫耳が付いている分、頭から帽子が浮いてしまうだろう。  その光景を想像しているとピンポンが鳴った。朝から日葵以外の来客など珍しいことだった。日葵はピンポンを鳴らさずに入ってくることもあるが。  陽翔は料理で手が離せない。声だけで返事をして日葵に頼んだ。 「はあい。日葵、僕は今手が離せないから代わりに出てよ」 「仕方ないわね。猫耳やだなあ」  日葵は両手で猫耳を隠すようにしながら玄関に出ていった。  そんなことをしても隠しきれるものではなかったが。  やがて入ってきたのは孝介だった。遅れて日葵もやってきた。 「おい、陽翔!」 「やっぱり猫耳か」  慌てた様子の彼の頭にも猫耳が生えていた。  彼もきっと猫耳のことが気になって来たのだろうと陽翔は思ったが、彼が言ったのは別の事だった。 「どういうことだ、陽翔。お前、日葵と同棲してるのか?」  その言葉に日葵がびっくりして叫んだ。 「してないわよ!」  陽翔としてはもう諦めの境地で落ち着いていた。勘違いされたり冷やかされたり聞かれたりするのは初めてのことでは無かった。 「前にも言ったよね。両親が旅行に行ってるから僕が面倒を見るようにと言われているんだ」  まったく、ただ隣に住んでいるというだけでどうしてそう誤解されるのか、理解に苦しむことだった。  日葵は人気者だけど自分はそうでも無いのに。  孝介は安心したようだった。 「そうか。面倒を見ているだけか。ならいいんだが……」  近づいてきて、耳打ちしてくる。陽翔は料理の手を止めずに彼の言葉を聞いた。 「だが、これはチャンスじゃないか? 女子に告白するチャンスだぞ」  日葵に聞こえないように囁いてくる。陽翔も日葵に聞こえないように囁き返した。 「女子と言っても相手は日葵だよ。それに僕には女子と付き合おうなんて気は無いんだ」 「本当にか?」 「それに僕と日葵が付き合うことになったら孝介が困るんじゃないか?」 「そうだな。それは確かに困る」  だったら突いてこないで欲しいのだが。  そうコソコソ話していると、テーブルから日葵がせっついてきた。 「無駄話してないで、早くご飯を作りなさいよ。ご飯―」  学校では人気者で通っている日葵も家では随分と素を出している。それは同時に男として見られていないということでもある。  孝介は分かってくれたようだ。 「そうか。相手が日葵なら仕方ないか。まあ俺はどんな時でもお前の味方だから。な?」 「自分の身の程は自分が一番よく分かってるよ」  孝介はテーブルについた。彼は日葵とどんな話をするのだろうと陽翔は気になったが、特に話が弾んでいるようではなかった。  お互いに意識する関係だと緊張してしまうのかもしれないと陽翔は思った。  陽翔は料理を終えて、三人分の朝ご飯をテーブルに並べた。孝介は驚いたようだった。 「俺の分も? いいのか!?」 「二人分も三人分も同じだからね。もう食べてきたなら冷蔵庫にしまっておくけど」 「いや、いただくぜ。お前の手料理ありがたくいただくぜ。へへっ。料理うめー」  孝介はおいしそうに食べてくれた。  思えば日葵も最初はこんな風だったと思い出す。  だから料理を頑張るようになったのだったと、陽翔は懐かしい気分になった。
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