第4話 対猫耳用装置 冥一号

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第4話 対猫耳用装置 冥一号

「木村陽翔さんですよね?」 「はい」  次の休み時間、陽翔はなぜか幸奈に声を掛けられていた。  自分に向けられてくることなんて無いと思っていたお嬢様の瞳がすぐ間近に来て緊張してしまうが、話を聞く。 「実はさっき連絡を受けたのですが、冥一号には一つとんでもない副作用があることが分かったんです」 「副作用?」  話が日葵のこととあって、陽翔は姿勢を正した。  日葵はというと、クラスのみんなに囲まれていた。冥一号の感想を聞かれたりしているようだ。  幸奈は言う。 「実はあの冥一号を着ていると、ご奉仕したくなるんです」 「ご奉仕?」 「人のために何かをしてあげたくなるということです」 「それは分かってますけど」  それの何が問題なのかは分からないが。  今の日葵に何かの異変のような兆候は見られない。猫耳があってメイド服を着ているだけでいつもの日葵だ。 「そこで日葵さんと仲の良いあなたには、彼女のことをそれとなく気にかけておいてもらいたいのです」 「分かりました。でも、日葵のことなら彼女に直接言えばいいんじゃ」 「それは駄目です。この副作用は意識するとよりご奉仕をしたくなるものなので。気づかれないのが一番良いのです。ですから、どうぞ彼女には秘密に」 「はい」  よく分からなくても、頼まれたら答えるしかない陽翔だった。  放課後の教室、帰ろうとした陽翔の前に日葵が不満を顔に見せてやってきた。 「ねえ、陽翔。あたし何か変わった?」 「何かって?」  陽翔は日葵の姿を頭から下まで眺めて言った。 「似合ってると思うよ」 「そうじゃなくて、猫耳よ!」 「猫耳?」 「そうよ、見なさいよ」  メイド服姿の日葵は頭を差し出してきた。陽翔は日葵の頭から生えている猫耳をじっくりと根元から先っぽまで見た。 「相変わらず生えてるね」 「そうよ、生えてるのよ! あの女!」  日葵は陽翔の前から頭を離すと、あの女の席へと歩いていった。 「どう言うことよ。今日一日メイド服を着ていたのに、何も変わらないんだけど!」 「これは……もうなっているから抑えられないのかもしれませんね」 「抑えられない……?」  不思議そうにぽかんとする日葵に、幸奈は落ち着いた態度を崩さずに少し申し訳なさそうに答えた。 「もうなっちゃってるので。でも、これから猫耳になるのは抑えられるかもしれませんよ」 「意味ねえじゃん! もう猫耳は生えてるのよ! 着て損した!」 「では、その服は先生に差し上げることに」 「駄目駄目、それは絶対に駄目!」  日葵はブンブンと首を横に振って断った。あのおっさんに自分の着た服を渡すなんて冗談ではない。そう思っているのがありありと伺えた。  幸奈は優しく微笑んだ。 「では、その服は大事にしてください。なにせ一着しか無いので」 「分かったわよ。大事にするわよー!」  そうしてメイド服は日葵の物になったのだった。  そのメイド服を、彼女は帰る前に着替えていた。  学校の制服姿となっている日葵に、陽翔は不思議に思って訊ねた。 「あの服は着ないの?」  何気ないその質問に、日葵は噛みつくように答えてきた。 「外で着れるわけないでしょ! 学校の中でも恥ずかしかったのに!」 「ふーん」  似合ってたし、学校のみんなも褒めてたんだから恥ずかしがることは無いと思うのだが。  副作用も今日見た感じ、気にするような物では無さそうだったし。  日葵の顔色は赤い。頭を抱えるように猫耳を触った。 「もうやだ、この猫耳のせいで。こいつが全部悪いのよ」 「そんなに悪い物でもないと思うけどな」  学校の他の生徒達はもう猫耳を気にせず普段の生活を送っていた。  ただ頭に猫耳があるというだけで、すっかりいつもの見慣れた放課後の風景が周囲には広がっていた。 「もう、みんな変なのよー!」  日葵の叫びは大空に吸い込まれるように消えていった。  陽翔は日葵と一緒に下校の道を歩いていく。  ふさぎ込んだ日葵はすっかりと無口だった。  そのまま家に辿りつく。 「ん」  そこで陽翔は日葵から鞄を差し出された。冥一号と名付けられたメイド服の入った鞄だ。 「これは?」 「メイド服よ」 「それは分かってるけど、何で僕に?」 「あたしが持ってたら家族が帰ってきた時に変に思われるでしょうが」 「僕だって変に思われるよ」 「あんたの方がまだ誤魔化しが効くでしょうが」 「どんな誤魔化しだよ」  陽翔は困ったが、日葵に引く気が無いのは明らかだった。  口論しても無駄なので預かることにしたのだった。  陽翔は家に入って落ち着いた気分になる。  いろいろあったが、振り返ってみれば特に事件もないありふれた日常だ。  頭に猫耳があるということ以外には。  陽翔だって自分達の頭に突如として生えた猫耳を気にしていないわけではない。  触ってみる。不思議な物だ。  床に下ろした鞄を見る。猫耳化を抑えると幸奈が言っていた。  それはどんなメカニズムなのか。何か猫耳化の手掛かりが掴めるかもしれない。  謎が解ければ日葵の喜ぶ顔も見れるだろう。  若干の後ろめたさを感じないではないが、鞄を開ける。  今は家には誰もいない。それは分かっているが確認する。行動するなら今しか無かった。 「日葵、僕が謎を解いてみるからね」  陽翔は鞄から冥一号を取り出した。  数分後。  手に取って眺めるだけでは何も分からなかったので着てみることにした。 「日葵ごめんよ。でも、これも君の為だからね」  陽翔は男子としてそれほど身長の高い方ではない。冥一号は少し小さかったけど何とか着れた。  それにしてもこれで何で猫耳が防げるんだろう。着てみてもよく分からなかった。  不思議な気分で一回転して、踊ったりもしてみた。  その時、  ガチャリ。  開くはずのないドアがいきなり開いた。顔を覗かせたのは日葵だ。 「陽翔、今日の夜のことで話があるんだけど」  その表情が凍り付く。それは陽翔も同じだった。  日葵は怒った顔でずんずんと近づいてきた。 「何であたしの服を着てるのよ!」 「だって猫耳を防げるって言うから気になって」 「もう信じられない! もう! もう!」  陽翔はむくれる日葵を何とか宥めようとした。 「それで話って何?」 「そんなのどこかへ吹っ飛んでいっちゃったわよ! もう!」  日葵の怒りはいつまで続くかと思われたが、晩御飯の時間には大分落ち着いてきていた。  それでもまだ頬を膨らませていたが。  着替え終わった陽翔はまだ日葵を宥めていた。 「もう機嫌直してよ。服はクリーニングに出しておくから」 「もう着ない」 「困ったな。ほら、晩御飯出来たよ」 「うん」  日葵は食べる。その表情も随分と緩んできていた。  美味しい料理は人を幸せにさせる。それは確かだと思える瞬間だった。 「まあ、少しは許してあげてもいいけど。今回だけね」 「ありがとう。それでどうして僕の家に?」 「今日はここで泊まるから」 「え?」  その意見に陽翔は素っ頓狂な声を上げてしまう。日葵は改めて言い直した。 「ここで泊まるから。良いわよね?」 「良いけど、どうして?」  日葵の家はすぐ隣だ。帰ればいいだろうにと思ったが、日葵は猫耳を気にしながら答えた。 「寝てる間にさらに猫耳が悪化してたら怖いじゃない。猫になってて誰にも気づいてもらえなかったりさ」 「ああ」  陽翔は気にしていなかったが、日葵はいろいろと考えてるんだなと思った。  食べ終わって立ち上がる。 「じゃあ、お風呂入れてくるから」 「うん」  日葵は心細いのかもしれなかった。
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