愛寿-あんじゅ- ~あなたのママになってもいい?~

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 一度溢れた涙はまるで決壊したダムの様に留まることを知らず、これまでのストレスを吐き出すように、気づけば声を上げて泣いていた。 「ごっごめん、傷つけるつもりはなかったんだよ」  おろおろと慌てる夫の顔が涙の向こうに見えたが、私はただ泣くことしかできないでいた。  夫が悪いとは思っていない。  ただ、これまで抑え込んでいた様々な感情が、夫の言葉をきっかけに溢れ出してしまったのだ。  そんな私の背中や頭を夫は優しくさすり、ただ泣き止むのを待ってくれている。  ひとしきり泣いて、こんなに泣いたのは一体いつぶりだろうか、そんなことを考える余裕ができる程度に泣き止んだ私の頬を、夫がティッシュで拭いてくれる。 「ごめん。唐突だったよな。たださ、これまでの5年間の俺達って妊活に振り回されすぎていたような気がしたんだ」  散々泣いた私は、きっと酷い顔をしているだろう。  泣きはらした真っ赤な目で夫を見ると、少し困ったように優しい笑みを浮かべている。 「ほら、これ見て」  差し出されたスマホの画面には、ライオンの様な鬣を持った犬が映しだされていた。 「チャウチャウっていう中国の犬なんだって。毛が長いままだとライオンみたいなのに、こうしてカットした姿はクマみたいなんだよ。可愛いよなぁ」  まるで子供にするように私をあやす姿がおかしくて思わず笑みを漏らすと、夫はどこか安堵したような笑みを浮かべた。 「(あおい)が嫌なら別に飼わなくてもいいんだ。だけど、逢いに行くだけ行ってみないか?」  泣くことはストレス解消につながるというのは、どうやら本当らしい。  少しスッキリしたせいか、全く犬など飼う気のない私の思いとは裏腹に「うん、わかった」と頷いていた。
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