柴犬の様なその人は

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「戻りました~」  事務所に戻ると、所長は自分のデスクに置いている、小さなサボテンの手入れをしていた。 「ああ、お疲れ様~どう?追加の案件あった?」そう言って、こちらを向いた顔は穏やかで、さっきまで見ていたショータローと姿が重なった。 「はい、用事を何件か、あと、朝行ったら戸田さんが具合悪そうで、頼まれた風邪薬を届けに」  霧吹きを持つ、所長の手が止まった。 「……戸田さん、具合悪いの?」 「ああ、はい、風邪引いちゃったみたいです。急に寒くなったからですかね?」そう答えると、所長は「そうか」と、あまり聞かない低い声で呟き、いきなり、「そうだ、これからちょっと出ないと行けないんだった!忘れてた!」と、外出する準備を始めた。 「ええ!?珍しいですね!所長が予定を忘れるなんて」思わずそう言った僕に、バタバタしながらも所長は、「俺も一応人間だからね~」と、反応してくれる。 「そうだ、多分かなり遅くなるから、時間になって俺、帰ってこなかったら、上がっていいからね」準備を終えた所長は、たまにしか着ない、真っ黒なダブルのスーツ姿で玄関にいた。 「わかりました!」 「あ、そうだ、いつも言ってるけど……」 「大丈夫ですよ!戸締まりはしっかり、忘れ物はしないように、ですよね?」 「ははっ!さすがわかってるね~じゃあそういうことで!いってくる~」 「いってらっしゃい!」  慌ただしそうにしながらも、この後の予定が楽しみなのであろう。閉る扉の隙間から見えた所長の顔には、少年のような笑みが浮かんでいた。 「よし、所長が留守の間、しっかり仕事するか!」  そう息巻いてはいたものの、その後は、いつも通り夕方のショータローの散歩をして、事務所で待機。その間、所長から戸田さんの体調を心配する電話が一本入っただけで、他に依頼はこなかった。  時間になっても所長はまだ帰ってこなかったので、僕は言われたとおりに先に上がらせてもらうことにし、帰路についた。 ここまではよかったのだ。
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