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「うちで引き取ることを伝えたら、口を揃えて『寂しくなるね』って言われたの」
「ヒデ、めっちゃ人気者だね」
コーヒーメーカーをセットして、スイッチを押した。コポコポとお湯が沸いて、いい香りが漂う。父もコーヒーが好きだったことを思い出していた。
「小さい子から大人まで、みんな泣いてくれたの。ヒデのために」
食器棚からコーヒーカップを二つ取り出した。抽出されたコーヒーが溜まっていく様子をじっと眺めた。
「コロナ禍で少しの間来なかっただけで、たった数年なのに、駄菓子屋がなくなってたり、家がたくさん建ってたりして……私が知ってる景色じゃなかった」
「まぁ、時代の流れというか、変わっていくもんだよ」
濃褐色のコーヒーがサーバーに落ちて、水面が波打つ。狭いキッチンは、ほろ苦い香りに満ちた。
「お父さんもヒデも、この街で生きてきたんだなって、改めて思った」
これ以上口にしてしまったら、涙が出そうなので思いは胸の中に閉じた。思いきり息を吸うと、コーヒーの深い香りが気持ちを落ち着かせてくれた。
コーヒーを飲んで一息つくと、「律子、そろそろ帰ろうか」と夫が口を開いた。ずっとここで悲しみに浸るわけにもいかない。やらなくてはいけないことがたくさんある。
「美紅、ヒデのえさを車に運んで」
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