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村上さんは何度も何度もヒデの名を口にした。潤んだ瞳で名残惜しそうに、何回もヒデの顔を撫でた。そして息を吐くように「寂しくなるわぁ」と言葉を震わせた。ヒデも村上さんにここまで愛されて本望だろう。ピンと立てた太いしっぽが、手を振るようにパタパタと揺れて、村上さんとの別れを告げる。ヒデを見送る村上さんが、割烹着の裾で目元を押さえていた。切なくて、なんだか感傷的になる。
「村上さんはヒデのこと大好きだったんだね」
「ヒデは幸せ者だね」
美紅も彩斗も、ヒデを見下ろした。ヒデはまっすぐ前を向いて、私たちの歩みに合わせて歩いている。
変わらない懐かしい街並みの中で、間違い探しのように新しい部分を見つける。道沿いにガードレールが設置されていたり、地元の小学生はみんな知っている、おなじみの駄菓子屋が閉店していたり、田畑は休耕地が増えていた。
「あれ、駄菓子屋ここじゃなかったっけ」
美紅は小さい頃連れてきたことがあった。
「お店やめちゃったんだね。お母さんもここのお店好きだったよ」
しみじみしていたら、お店の横からひょっこりと坊主頭の小学生が出てきた。
「あ、ヒデだ。……え、と。ヒデのおじいちゃんは?」
何も知らない無垢な男の子は、ヒデの熱烈な愛情表現を受け、顔を舐められて尻餅をついた。
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