序列

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 その光景を目にした瞬間、脳裏にあいつとのやり取りが甦った。  飼っている犬が俺の言うことを聞かないという愚痴を、会社の同期の荒木にこぼしたときの会話だ。   「うちで飼ってるマルがさ、俺の言うことをきかないんだ」 「マルって、あの柴犬か?」 「そう。俺だけだぜ、言うこときかないの。嫁はもちろん、娘の言うことならちゃんときいくのに」 「ははーん」と荒木は顎をさすってから、 「そりゃあれだ。お前、マルに見下されてるってことだ」 「見下されてる?どうして俺が」 「犬ってのはさ、もともと狼と同じ仲間なんだよ。狼は群れで行動するだろ?犬も同じくもともとは群れを作る動物なんだよ。だからあいつらは、自分が属するグループ内の力関係を敏感に感じ取る能力を持ってるんだ」 「グループ内の力関係って、まさか……」 「そう。それはお前の家族にも当てはまるんだよ。犬はさ、そのグループの中で自分より上だと認めた奴の言うことはきくけど、下だと思う奴の言うことはきかないってことさ」 「つまりマルから見れば、俺は家族の中で一番下っ端ってことなのか?」 「そうなるな」 「なんでだよ」  憤慨する俺を荒木はニヤニヤしながら見つめる。 「さあね。もしかして、仕事ばっかであんまり家に帰んないからじゃないの?そんなに出世が大事か?」 「それは、金を稼いで嫁と子供にいい暮らしをさせてやろうと……。俺だってがんばってんだぞ」 「まあ少なくとも、群れにいるのかいないのかわかんない奴は下っ端と見られてもしょうがないってことだな」  同情するように、荒木は俺の肩に手を乗せた。  その荒木がなぜうちにいる。地方出張を一日早く切り上げて帰ってきてみれば、あいつが楽しそうに俺の家族とすごしているじゃないか。  なにが腹立たしいって、嫁でもなく、娘でもなく、荒木の言うことを、マルが一番きいているように見えることだ。  この家族のボスは荒木だとでも言うのか?  そう考えてよからぬ思いが首をもたげた。  仮にボスが荒木だとするなら、嫁はいったい誰の……。
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