私をさがして

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第18章 影山 「雨の光堂で待ってる。必ず来てね」 その便箋にはそう書かれてあった。 (雨の光堂……) 「雨の光堂ってどこ?」 彼女が僕にそう聞いて来た。それは僕にも見当がつかなかった。 「これを私達に?」 「渡す相手が違ってないかな?」 折角もらった手紙だったけど、僕達は少し拍子抜けしてしまった。 「これってゲーム?」 「うん」 「そうだとしたら、冴子、遊んでる」 「遊んでる?」 「前に、私を捜してっていうメールをする時は、自分が深刻な状況に陥った時だから、必ず捜して助けてねみたいなこと言ってたの」 「ああ、それで心配したんだね?」 「うん。それなのに、こんな謎掛けを残してたなんて、これってやっぱり冴子のゲームでしょ?」 「そうだね。お隣りさんまで巻き込んでる余裕があったわけだしね」 「なんか、そう思うと心配して損しちゃった感じ」 「でも冴子は確かにいなかったね」 「だって捜してって言ってるんだもの。いたって居留守使ってるよ」 「居留守?」 「あの部屋にいなかったとしても、どこか友達のとこでも泊り歩いてるのかもしれないし」 「そんなこと今までもあったの?」 「一度もなかったけど、でも私を騙すにはこれくらいのことをしないとでしょ?」 「うん」 「しかもこのメッセージだってまるで意味不明」 「だね」 「光堂ってどこ?」 「お寺かな?」 「どこの?」 「光ってるお寺かな?」 「京都の金閣とか?」 「善光寺もあるね」 「光ってるお堂ということで、太陽が当たるお堂っていうことも考えられない?」 「違うな。雨が降ってたってあるから、太陽は出てないよ」 「あ、そうね」 「でも、お天気雨だったかもしれないよ」 「太陽じゃなくて、月の光とか?」 次第に収拾がつかなくなった。 (あれ?)  僕が考える素振りをしたので、彼女がどうしたの? という顔をして僕を見た。 「あれ?」 「え? 何?」 「雨の光堂?」 「うん。そうだけど、何か思い当たる?」 「うん。何か聞いた覚えが……」 「どんなこと?」 「ちょっと待って、確か……」  僕はその時、初めて葉月と会ったあの旅行のことを思い出した。 「あ! 平泉だ!」 「平泉?」 「うん」 「どうして?」 「五月雨の降のこしてや光堂」 「それ俳句?」 「この芭蕉の句が答えじゃないかな?」 「これって……」 「平泉の中尊寺の金色堂のことだよ」  どうして冴子がこんなメッセージを残したのか全く意味不明だったけど、しかし、あのメッセージから思いついたのはこの俳句だった。 「どうして平泉なんかに来いだなんて……」 「確かに」  その時、彼女は突然何かを閃いた顔をした。何を思いついたのだろうと僕は気になってそれを彼女に尋ねた。 「どうしたの?」 「うん……どうして平泉なんて思いついたのかなって」 「平泉じゃないっていうこと?」 「ううん。私も平泉だと思う」  雨の光堂が平泉だという確証はなかった。しかし、その結論には彼女も同意していた。僕が言い出した「平泉」だったけど、どうして平泉なんだろうと思った。 「どうしてそう思う?」  彼女は黙っていた。言いたくなさそうだった。 「言いたくなければいいんだけど、どうして僕の意見に同意したのかなって」 「うん。実は、冴子に前に私が平泉に思い出があるんだって話をしたことがあったの」 「思い出?」 「うん。それできっと冴子はその平泉を持ち出したんだと思うの」 「そっか」  彼女の話はいまいちわからなかったが、彼女は妙に納得をしていたので、それはそれでいいのかなと思った。 「平泉で待ってるということか……」 「多分」  彼女は深刻そうに考え込んでいた。 「今、その平泉の金色堂にいるのかしら?」 「うん……」 「私が行くまでずっと待ってるのかな?」 「……どうだろう?」 「この謎解きがわからなければ、ずっと待ちぼうけなのに?」 「だよね」 「やっぱり、これって冴子の冗談かな……」  再び彼女が深刻な表情に陥った。僕は彼女が可哀想になって、それで少し気が休まる言葉を言った。 「待ちくたびれたら、電話かメールで連絡して来るんじゃないかな」 「うん」 「もし平泉で待つということだとしても、いつ行ったらいいかわからないし、向こうから連絡が来るのを待ってみたらどう?」 「……うん。そうする」 「じゃあそうしよう」 「もし、これが本当に冴子のゲームだったら許さない」 「……」 「ほんの軽い冗談のつもりだったとしても、私、本当に心配してるんだから」  僕達はお互いの携帯の番号とメールアドレスを交換して、それで別れた。
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