私をさがして

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第16章 影山 大学の学食で食事をしていると、隣に座った学生の話すことに耳を奪われることがよくある。その日もそうだった。 「最近学生が何人か失踪してるっていう話知ってる?」 「何それ」 「なんでも怪しいメールで呼び出されるらしいんだ」 「なんて?」 「私を捜してって」 「都市伝説かなんか?」 「ううん、まじで」 「ほんとにまじで?」 「うん。そうらしいよ」 「誰に聞いたの?」 「友達から」  僕は彼らの話に思わず食事の手が止まった。 「それでそのいなくなっちゃった人達はどうなったの?」 「さあ」 「さあって、警察とかには?」 「そこまでは知らない」 「なんだ、やっぱり都市伝説じゃん」 「かもね」 「だって消えたっていう人を直接は知らないんでしょ?」 「うん。友達から聞いた話だから」  その時、彼らの後ろから急に女の子が声を掛けた。 「すみません!」 「それって、こんなメールですか?」  その人が携帯の画面を彼らに向けてそう聞いた。 「実物はみたことがないんだ。でもこんなメッセージだったらしいよ」  彼女は彼らの反応が期待はずれだったという顔をして、また元の奥の席に座った。僕は、彼らの話にあのような反応をしたということに奇異な感じを受けた。それは単なる噂話だったからだ。それでも彼女があのような過剰な反応を見せたのは、それが自分の身にも起きているからではないかと思った。 ―私を捜して―  僕にもそのメールは届いた。それはたった一回だったけど、印象深いメッセージだったので今でも覚えている。送り主は不明。携帯のアドレス帳と一致するものはなかったので、送り先のアドレスがそのまま表示されていた。誰だろう? と思った。きっとアドレスを変えたのに、それを連絡し忘れた誰かだろうと僕は結論付けた。 ―私を捜して― (君、誰?) 僕は送り先へメールを返信した。でも、それから丸一日、その返事は来なかった。 (なんだよ。イタズラかよ)  あのメールは僕以外の人にも届いていたということだった。そしてそのうちの一人がさっきの彼女だということだろう。僕は彼女に興味を覚えて、そして彼女に歩み寄った。 「こんにちは」  その人はそう声を掛けた僕に無反応だった。 「すみません」  彼女が一瞬ちらっと見たけど、またすぐに視線を戻した。軟派だと思われたのだろうか。 「さっきのメールの件なんですが」  彼女の顔が無表情になった。明らかに迷惑そうにしている。 「私を捜してというメールです」  彼女は正面を向いたままだったけど、僕の言葉にどうやら反応したようだった。僕は携帯を出して、あのメールを表示して、それを彼女に見せることにした。 (あった!) 「これ見て!」 「え! 影山君?」 「え?」  僕は何故その人から名前を呼ばれたのかわからなかった。 「誰?」 「小枝子です。中学のときに同じクラスだった」 「え……」 「高木小枝子です。覚えてますか?」 「あ!」  僕は思わず携帯を落としそうになって、慌ててそれを両手で押さえた。 「あの高木さん?」 「うん」 「この大学の学生?」 「うん」 「僕も!」 「うん」 「何年ぶりかな?」 「4年以上経ったよね」 「4年かあ。見違えたね」 「影山君は変わってない」 「進歩ない?」  僕が笑うと彼女も笑った。僕は偶然の出来事にドギマギしながら彼女の隣に座った。 「中学でも席が隣だったね」 「うん」  二人がやけに盛り上がっているので、周りの人が僕達を見ていた。きっとさっき彼女が出した奇声のせいだろう。 「ほんと懐かしいね」 「うん」 「元気にしてた?」 「うん。元気だったよ」 「みんなにいじめられていなかった?」 「いじめられてなんかいないよ」 「そう?」 「うん。影山君こそ」 「僕は全然。寧ろいじめる方だし」 「そうね」  僕は本題をすっかり忘れていた。 「いきなり引越しするって知って、お別れ会も出来なかったよね」 「そういうの苦手だから。だから先生にも黙っててって言ったんだよ」 「だろうと思った」 「ごめんね」 「え?」 「いや。ちゃんと言わなくて」 「うん……でも、なんか円谷先生のことを思い出しちゃって」 「あ」 「覚えてるでしょ?」 「うん」 「見送ったのは、影山君だけだったものね」 「……」 「私は子ども過ぎて、そういうお別れが出来なかったから」 「うん」 「だから、まだ時々夢に見るの、先生にちゃんとお別れが出来た夢」 「お別れが出来た夢?」 「うん。あの日、影山君が正門で掃除してたでしょ」 「よく覚えてるね」 「勿論。だってあんな印象的だったことないもの」 「うん」 「あの時、私が二人のところに駆け寄るの。そして先生に今までありがとうございましたってちゃんと頭を下げてお礼を言うの」 「そういう夢を見るんだね」 「うん。時々」 「そっか」 「でも、影山君、私を誘ってくれたんだよね。あの時」 「だっけ?」 「誘ってくれたよ。でも私、そのことに気が付かなかった」 「なんか言ったかなあ?」 「掃除して行けよって」 「えー?」 「うん。そう言って誘ってくれた。ついて来いっていう意味でしょ?」 「それじゃ意味わからないよね」  僕はそう言って笑った。それは照れ笑いだった。 「僕も言葉が足りなかったね」 「ううん。それが影山君の優しさだから」 (あ)  彼女はそう言った後で恥ずかしくなったようだった。僕がえ? という顔をしていたら、彼女は慌てて話を続けた。  「だからいつか先生のお墓参り行きたいなって」 「うん……」  そこで二人の会話が途絶えた。急にトーンダウンしてしまって、場がしらけた感じになった。 「あ! ごめん、変な話をしちゃって」 「ううん。円谷先生のことは僕も好きだったし」 「だよね」 「うん」 「あれ……そう言えば影山君、どうして私に声を掛けてくれたんだっけ?」 「あ」 「私だって気が付いてなかったでしょ?」 「うん」 「じゃあなんで?」 「そうそう、メール、メール」 「メアド交換する?」 「違うよ。迷惑メール」 「ん?」 「そうじゃなかった。私を捜してっていうメール」 「あ! あれ?」 「君も受け取ったんだろ?」 「うん」 「僕もなんだよ。それで声を掛けたんだよ」 「あ、じゃあ、さっきのあの話を聞いていて」 「うん」 「ほんと偶然!」 「これだけのマンモス大学だと、知り合いになんて教室以外ではまず会わないし」 「学校に来てないっていうこともあるかもだけど」 「うん」  僕は彼女のその言葉に笑いながら携帯の画面にあのメールを表示させた。そして、それを彼女に見せた。 「あ、ほんとだ!」 「差出人は不明なんだ」 「……これ、冴子じゃないかな?」 「冴子って……」 「私の小学校、高校の同級生の」 「冴子ってあの島冴子?」 「知ってるの?」 (知ってるもなにも……) 「うん。同じサークルだし」 「ほんとに?」 「うん」 「じゃあ冴子悪戯して影山君にそのメール送ったのね」 「悪戯?」 「うん。高校の時によくやってたの。そのメールを送ると男の子が引っ掛かるんだって」 (冴子と小枝子って昔からの知り合いだったんだ……) 「そうなんだ」 「だって携帯二つ持ってて、それ用の携帯は別にしてたんだよ」 「そうなんだ」 「でもいつ影山君のメアドを知ったんだろう?」 「サークルの新入部員歓迎会だと思う」 「ああ。あの時冴子、何人かの人とメアドを交換したって言ってたから、その時影山君ともやり取りしたのね」 「だと思う」 「でも冴子は自分が教えたメアドからはあのメールは送らないから、それでみんな誰からメールが来たのかわからないのよ」 「なるほど」 「それが却って相手から気にしてもらうコツらしいの」  僕は苦笑いをした。 「でもどう? 影山君はそのメールに何か感じるものがあった?」 「言われてみれば確かに何かこう、気になると言うか……」 「でしょ?」 「うん」 「そうやって彼女は送った男の子を観察して楽しんでたの」 「酷いなあ」 「でも悪意はないと思うよ」  そう言って彼女は笑った。 「じゃあ君へのメールはどういう意味なの?」 「そうなの。それが変でさっきの人たちに声を掛けたの」 「変て?」 「だって私にこんなメールを送っても仕方ないし。私はその仕掛けを知ってるわけだし」 「だよね」 「だとするとこれホントに捜して欲しいのかなって」 「と言うことは彼女と連絡が取れてないって言うこと?」 「うん。メールも電話も通じない」 「そうなんだ」 「彼女のうちに行ってみようかな?」 「うん」 「影山君、一緒に来てくれる?」 「僕も?」 「うん」 「別にいいけど」 「じゃあ行ってみようよ」  僕が少し歯切れの悪い返事をしたので、彼女が少し不審な顔をした。それで僕は咄嗟に彼女の手を掴んでいた。僕達はそのまま正門から出た。僕が駅に向かおうとすると、彼女はここから歩いて十分くらいのマンションに冴子は住んでいると言った。
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