私をさがして

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第17章 影山  それから間もなく僕達は大きなマンションの前に到着した。 「ここに冴子がいるんだ」 「大学から近くていいね」 「しかも一人で住んでるの」 「そうなの?」 「うん。両親とは仲が良くなくて」 「そっか」 エレベーターが四階で止まり、ある部屋の前まで来ると、彼女はそこのドアフォンを押した。ドアフォンの音が部屋の中に鳴り響いているのが聞こえた。その音は二、三度空しく繰り返すと静寂の中へと消えて行った。 (誰もいないのかな) 「いないみたい」  僕が思ったのと同時くらいに彼女がそう言った。 「じゃあ帰ろうか」 「うん」 仕方なくその場を立ち去ろうとした時だった。突然隣りの部屋のドアが開く音がしたので、僕達は驚いてその方向に体を向けた。隣の部屋からは少しむさ苦しい感じの男が出て来た。ドアフォンの音がうるさいと文句を言われるのかなと嫌な予感がした。 「君は隣りを訪ねて来たの?」 「あ、はい」 「いないよ」 「みたいですね」 今は誰もいないことはわかったので、僕達は軽く会釈をして、その男の前を通り過ぎようとすると、その男は意外な言葉を次に続けた。 「君、彼女を捜してるの?」 (え?) 僕は少し固まって、そしてその質問に軽く頷くと、その男の次の言葉を待った。 「これ渡してって預かってるよ。捜しに来た人に渡してって」 そう言われて、僕はその男から封筒を一枚受け取った。 「これ、何ですか?」 「隣りに住んでるおねーちゃんが、私を捜しに来る人に渡してくれって、そう頼まれたんだよね」 「捜しに来る人って僕達のことですか?」 「うん。そうなるね。なので、それ、受け取って」 「でも、僕達の容姿とかは言ってなかったんですよね?」 「聞いてないよ。でも捜しに来たのは君達だから」 確かにここに捜しに来たのは僕達だけど、これって僕達じゃない誰かが捜しに来ても渡したってことではないだろうか。 「もし僕達じゃない人が来ても、渡したんですよね?」 「変なこと聞くね。でも、確かにそうだね。君達の名前とか容姿とか聞いてたわけじゃないし」 (やっぱり) 「他に誰か来なかったんですか?」 「来なかったなあ」 それでは、やっぱりこれは僕達へのメッセージということでいいのかなとそう思った時、突然その男が何かを思い出したように言葉を発した。 「そうそう! 合言葉を聞いてた」 「合言葉、ですか?」 「うん。それを聞いてから渡してって言われてたんだ」 (合言葉?) 「一応、合言葉を言ってみて」 (合言葉……) 「あれ。度忘れ?」 (合言葉なんて知らないけど) 「まあ僕も義務でやってるわけじゃないし、こんなこと面倒だしね。それに彼女を捜しに来たのは君達だけだったんだから、君達にその封筒を渡して終わりでいいと思うんだけどね」  僕達は言葉を失っていた。この展開はまったく予想していなかったからだ。 「まさか、冴子遊んでる?」  彼女がそう僕に囁いた。 「君は彼女を捜しに来たんだろ? じゃなければここへは何で来たの?」 ―私を捜して― 僕達はその言葉でここに来た。 「私を捜して……」 「あ、それそれ。それが合言葉。正解だよ」 彼は僕が呟いたその言葉を合言葉だと言って、ドアを激しく閉めて中に入った。僕の手には白い封筒が残った。中を開けると一枚の便箋が出て来た。
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