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「故郷に帰っただと?」
木崎は初老に差し掛かろうかという貧相な男をどやしつけるように聞き返した。
「それを信じろと?」
「隠してどうする」
男は腕組みをして睨み返した。丸眼鏡の奥の眼光が思いの外鋭い。
「突然の事で俺達も驚いたが、理由は聞かなかった。元々入れ替わりの多い現場だし、場所が場所だけに訳ありの奴も少なからずいるしな」
「ふうん。奴の故郷はどこだ?」
「知らん。世が世なら秋田だか青森だかの地主の跡取りだったとか吹かしてたがーーあいつは吹かし癖と自慢話が酷くてな。親しい奴もいなかった」
「なるほどな」
「そんなわけで、刑事さん。矢野に何を聞かされたか知らんが、間に受けるだけ損だ。どうしてもって言うなら、今度は令状を持って来てくれ」
男は静かだが有無を言わさない口調でそうつけ加えた。
「戻るぞ。休憩時間は終わりだ」
作業着の男が皆を怒鳴りつけ、男達は引き上げて行った。
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