1949(昭和24)年、8月29日

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「解体されてもまだ、財閥の一族ならいいですよ。大半の元華族様は財産税を課されるわ、なまじ殿様商売で借金こさえるわで首が周らずおにっちもさっちもいかない、でなもんです」  実際、木崎は暑苦しいだけでなく同じ空間にいられるだけでかなり威圧感がある――背後に同乗されていてもそれは同様だ。がっしりと骨張ってはいるが僅かにこけた頬に、戦地で刻まれた目立つ傷がある。黙して周囲の風景を確認するように眺める眼光は終始鋭い。  年齢不詳の異様な貫禄を湛えている男だが、実年齢は安井より若いらしいというのだから驚く。普通の若手警察官であれば木崎の持つ威厳や威圧感といったものを通り越した、ある種の破壊力すらある風貌に萎縮してしまう。 「そのゴタゴタの隙に乗じて、ここを買い叩いていかがわしい商売を始めたのが例の男でして。典型的なヤミ成金かと思いきや、これが若くてなかなかの美丈夫ーーなんせ、店の娘どころかそんじょそこらの夜の蝶や下手な銀幕スターより美形ときてる。  上客の中には社長目当てで通う御仁もいるとかいないとか……進駐軍目当ての闇の女よりか、よっぽど始末が悪かないですか?」  所属する所轄署を出発して以来、無視され続けているにも関わらず一方的に気安く話しかけ続けている安井は、木崎に余程心酔しているかひょっとしたら、彼自身が並外れた胆力の持ち主なのかもしれない。  
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