1949(昭和24)年、8月29日

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 同行を命じられるのはこれが初めてではないが、木崎の指名という訳ではない。最初の時に運転手兼案内係という体でたまたまあてがわれて以来、安井の方から誰もが敬して遠ざけるこの気分屋で気難しい男のお守り役を、進んで仰せつかっている。 「奴さんの黒い噂に比べたらそんなの可愛い方かもしれんですね。嘘か真か、勘当されたか没落した、何処ぞの良家の坊だって説まであって。外面が良くて立ち居振る舞いがそれなりだから、皆騙されるか丸め込まれちゃうんでさ。  ああいうのを男版の悪女ーーいや、『妖夫』とでもいうんですかね。いずれにしてもこうして木崎捜査官殿が本庁からお出ましになって動いてるってことは、彼奴もいよいよ年貢の……」 「道は合っているのか?」  安井の長話を聞いていたのかいないのか、木崎は暑を出て以来、初めて言葉を発した。 「こんな辺鄙な場所にそんな巣窟があるとは思えないんだが」 「ええ、ええ、道は合ってます。驚くのも無理はありませんがね。人目を憚るお偉いさんには好評らしいですよ」 「ならいいが。手ぶらで夜通し、車を押して帰る羽目になるのだけは勘弁だ」
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