序・王子と野獣

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 敗戦から四年が経つーー物資の不足ぶりも庶民の困窮ぶりも依然として悲惨だが、ある所にはあるものだ。暖気のある心地よい部屋に足の沈むような上質の絨毯、ゴブラン織の応接セット。 「死んでましたなんて答えは要らないんだ!」  焦土の名残が未だ色濃く残る下界とは別世界の城の主は整った顔を歪ませて激昂し、受け取ったばかりの封筒を相手の男に叩きつけた。 「大口を叩いておいて、お前もこれまでの連中とおんなじじゃないか」  美しく尊大な主――佐鳥社長は日本人離れした整った容姿の持ち主だ。軽くウェーブのかかった髪をきっちり上げて上物のタキシードを恵まれた体型で着こなし、時に優美なダンスを披露し、上客である進駐軍の幹部とも流暢な英語で会話もする。  優雅で紳士的なのはあくまで営業用の表の顔で、裏では合法と非合法のスレスレの境目、限りなく裏社会に近い場所に生きる戦後成金の一人だ。
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