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木崎は車の主を確認するのを諦めると、
「ここに矢野という工員が勤めているだろう」
と食い下がった。
「いないな」「いない?」
木崎は凄むように片眉を歪めた。
「いないと言ったらいない、そんな工員いない」
リーダー格らしいさっきの作業着が頑として言い張った。木崎は彼と数秒睨み合うと、
「わかった。お宅の社長に確かめる」
と、彼を押し退けて今さっき連中が出てきた裏口の方に突進した。場がにわかに殺気立ったーーこういった場所の男達は気が荒く喧嘩っ早いのが常だが、それにしてもただの素人のそれではない。さすがにおっとり刀の安井も直感的に木崎を一人にしてはならないと考え、警棒を置いてきたのを後悔しながら後に続いた。
「本当にここにはいない。故郷に帰った」
そう叫んだのは眼鏡を掛けてくたびれた国民服を着た年嵩の工員だった。木崎と安井は振り返った。
他の工員達は苦虫を噛み潰したような顔をし、リーダー格は小さく舌打ちをしたが、敢えて訂正したり彼を黙らせる者はいなかったーー一番老いて貧弱そうに見える男だが、知恵と経験で仲間からそれなりに一目置かれているのだろう。
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