序・王子と野獣

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 自称三十代前半だが十歳は若く、どうかすると少年のようにも見える童顔を工夫と努力でカバーしている佐鳥だが日本人男性としてはけっして小柄な方ではない。  だが彼が今、見上げながら噛みついているのは、二回りも大柄な不気味な男だ。黒いコートに古風な中折れ帽――日に灼けた精悍な顔には銃創が目立ち、いつも黒ずくめの出立ちで全体的に生気に乏しく、どことなく死神を思わせる男――戦地帰りの木崎刑事だ。  敗戦よりこの方、お国の物資統制と配給制度はますます機能しなくなり、闇市が一大経済圏を築いている有り様だ。それらの混乱に乗じて荒稼ぎをしようと集まる連中も海千山千だが、彼らを取り締まる警官ときたら連中を上回る旧軍・官憲崩れのならず者揃いだ。木崎はその中でも厄介者扱いの問題児だという――不文律を含めた規則や慣例に頓着せず、部下からは慕われているが内外に敵が多い。職務で、いや下手をするとそれ以外でも何人か殺していそうな顔つきだ。
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