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そんな男相手に佐鳥が臆したり怯んだりする事をしないのは持ち前の負けん気の強さもあるが、この空間が完全に彼の王国であり主と従、力関係の差が圧倒的な場であるからだ。君主がその気になればいつでも忠実で屈強な臣下達が飛んで来て、絨毯に染みひとつ残すことなく無礼な闖入者を抜かりなく闇から闇へ葬る。
「間違いではないぞ」
木崎はコートのポケットに手を差し入れたまま抑揚のない、地鳴りのような声でそう言った。
「公権力の恩恵をフルに使って公にはできないような伝手まで使い、旧日本軍が敗戦後のどさくさで破棄した資料の残骸まで拾い集めた」
佐鳥には少年の頃、生き別れになった弟がいる。
物資及び戦力両面において圧倒的に勝るアメリカ相手に戦況は年々悪化、敗戦の前年である六年前、それまで徴兵が猶予されていた大学生、専門学校生らがついに学徒出陣で動員された。
佐鳥の実弟、志堂柾規(しどう まさき)も数ヶ月の訓練後、南方の戦地に准士官として派遣されたが部隊は全滅、彼も戦死したと思われていた。
だが、とある事情から彼が生き延びて国内にいると確信した佐鳥はここ二年ほど、密かに行方を探させている。
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