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「よかった。忘れてた訳じゃないようだな。約束通り俺のものになってくれ」
「僕は誰のものにもならない」
佐鳥は怒りで顔を紅潮させながら胸元のタイを引きちぎるように外し、半ば投げやりに応接ソファの上に放った。
「だが、利益があるなら取引はする」
タキシードの上衣とスラックスを叩きつけるように乱暴に脱ぐと、きちんとアイロンのかけられた白シャツの下に程よく引き締まった長い脚が露わになった。
再び執務机の天板に掛けると肢体をひけらかすように足を組む。
「ここでも、そこでも。どうする?」
天板を手で叩きながら、応接セットの長椅子をぞんざいに顎で指す。大胆な態度の割に声は硬い。
窓辺で淡い色に光る髪、色素の薄い肌――異国の血を感じさせるはっきりした目鼻立ちだが、伏せ目になると途端に優しげな眉と長い睫毛が儚げな面差しをつくる。髪を乱し、滑らかな脚を剥き出しにした無防備な姿はまだ少年のようにも見え、清潔感と背徳感とがない混ぜになった凄まじい妖艶さを醸し出している。
だが今、彼がこちらに向けているのは少年の頃に生家を追われ、戦地で死線を彷徨い終戦後に焼け出された後、ここまで這い上がるに足るとてつもない意志の強さを秘めた鋭い眼光だ。
「ここでか……?あんた案外、情緒も何も無いな」
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