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木崎は戸惑ったように社長室の中を見回した。贅を尽くした調度に囲まれてはいるが、仕事の部屋だけあってシンプルでいかにも実用一辺倒の部屋だ。もちろん、寝台などない。
「当然だろ。こんなのただの取引だ――嫌ならやめる」
佐鳥は眉ひとつ動かさず机に掛けたままピンボールシャツのピンと袖口のカフスボタンを外しにかかった。緩めた襟もとからまるで少女のようなほっそりとした首元と意外としっかりした喉仏、鎖骨の下のなだらかな胸筋が覗く。
「いやその、あんたの部屋でとは言わんが客用の部屋が一つくらい余っ……」
「僕は娼婦じゃない」
「わかったよ、社長ーー」
男の目元が意味ありげに歪んだ。
「あんたの言によると、この店で働く彼女達はあくまで『娼婦』じゃなくて『ダンサー』じゃなかったっけ?」
「……っ」
彼は嫌悪や憎悪を通り越した、あからさまな殺意のこもった目で男を睨み返すと高価そうなカフスボタンを天板に叩きつけ、傍らの肥後守にまた手を伸ばした。
「まあ待て。いくら俺でも、こんな時につまらない言質を取って仕事に持ち出したりしない。ここは紳士淑女の社交場たる高級ダンスホールだし、夜もすがら彼女達もあんたも目下、健全たる自由恋愛中だ。そうだろ?」
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