ある家族の話

7/7
前へ
/7ページ
次へ
 あのときの私はなにも間違っていない。  どうして誰も理解しないのだろう。 「間違ってる。子どもは騒ぐもんだろ」 「限度があるよ」 「それはお前がうるさいと思ってるだけだ」 「違う。ハルが怖がるから」  夫はなにかを言いかけて口を噤んだ。   「全部あの子のためなの」    何故わかってくれないの。 「……勝手に養子縁組を進めたこと、俺はまだ怒ってるんだからな」  そう言い残し、こちらの顔も見ずに部屋から出て行ってしまった。  静かで抑揚のない声だった気がする。  そういう時は、彼が怒っているサインだ。  二人の会話はこれが最後になった。  あの日以来、夫は帰ってこない。  私は気にしないよう努めている。  元気な息子のお世話は忙しく、他のことを考えるのが時間の無駄だと思ったからだ。  ハルのことに集中していればいい。  それが一番幸せなんだから。   「ハル、ちょっと待って~。ポストの確認するから……」  散歩から帰宅し、ハルが『早く家に入れろ』と急かしてくる。  郵便受けを開くと、カーディーラーからのDMや水回り修理のチラシが入っていた。 「えっ」  そしてもう一つ。  切手が貼られた茶封筒。  差出人は……夫の名前だ。  予想外のことに脳が固まり、無意識に封筒を破っていた。   「あ……」  入っていたのは折りたたまれた白い紙。  薄っすらと緑色の枠線が透けている。  急いで破ってしまったのか、端が少しだけちぎれていた。  私は動揺しているのだろうか。 「ワン! ワン!」    ハルは元気よく吠えている。  ねえ! 早くお家に入ろうよ!  きっとそう言っているのだろう。  でも、今はその声に応えられない。  私は離婚届を見て、「相変わらず筆圧が強いなあ」と考えていたからだ。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加