16.俺は君しかいらないんだ。

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16.俺は君しかいらないんだ。

「ルカリエ王妃殿下、国王陛下がいらっしゃいます」  私は寝室で、侍女に髪をとかれながらレオを迎える準備をする。  昨晩は彼を愛していると思って、彼を幸せな気持ちで受け入れた。  しかし、私を陥れて手に入れようとしたという真実を知り彼への想いは消えた。  それどころか、今、私が気になっているのはキースだ。  そのせいか、レオを受け入れるのがとてもじゃないけど出来そうにない。  処刑台に送られるのと変わらない絶望的な気持ちになってくる。  ノックと共に、レオが寝室に入ってきて侍女が頭を下げて下がった。 「ルカ! 会いたくて気が狂いそうだったよ」  私を強く抱きしめてくるレオに寒気がしてしまった。  黒髪に黒い瞳で色気のある彼は、とても美しい。  まずは、彼の見た目から好きになったはずだった。  それなのに、今はその姿を見るのも不快になっている。 (私の幸せを願ってもくれない人と一緒にいるのは嫌⋯⋯)  それでも、私は彼の庇護のもとでないと生きられないと分かっていた。  私がレオに対する拒絶反応が出ると分かって、キースは代わりになろうかと言ったのだ。 (やっぱり、キースが好き⋯⋯私のことを心配してくれる彼が⋯⋯) 「レオ⋯⋯今日は気分が悪いから1人になりたいの」 「魔法学校になんて行ったからだろう。あそこは、臭い平民ばかりだから⋯⋯」  私の髪を愛おしそう撫でながら、紡いでくるレオの言葉は受け入れられなかった。  平民とか、貴族とか、美しいとか、醜いとか、なんの意味もない。  私はスグラ王国で全てを奪われて以来、身分など何の意味もないと感じるようになっていた。  そんな意味もないことを当たり前のように語る、レオにがっかりだ。  「レオ、側室を迎えたらどお?」  私は彼の相手をする気に到底なれなかった。  スグラ王国は一夫一妻制だったが、マサス王国は一夫多妻制だったはずだ。 「君以外、女に見えない俺になんでそんな残酷なことを言うの? 魔法学校で何かあった?」  私は低い声で告げられるレオの言葉に震撼した。  魔法学校で、私は企みなしに愛せる人と、友達を見つけた。  それを彼に悟られたら、2度とそこにはいけないことを分かっていた。 「何もないけど⋯⋯ただ、月のものが来て⋯⋯体調が悪いの」 「まだ、半月以上は月のものは来ないはずだけど」  私はそんなものまで、レオに把握されていることに恐怖を感じた。  生きる為には、彼に惚れてるふりをしなければいけないのだろうか。  人生の主な登場人物が私を虐げたクリスと、助けたレオだけの時は可能だった。  今は、私を心配してくれるキースがいるから、レオを愛しているフリさえ上手く出来ない。 「私の見た目が好きだと言っていたけど、私の体目当てなの? そうじゃないなら、今日はここから去ってよ」  これは、私の偽りない本音だ。 「ルカ、君が忘れてるから言えなかったけれど、君は俺の光なんだ。君がいなければ俺は生きてはいけなかった⋯⋯」  いつも余裕な表情をしている彼が、悲痛な表情をしていて私は戸惑った。 「10年前、スグラ王国の建国祭に行ったんだ。マサス王国は敗戦国として末席だった。周りから見下され当時18歳の俺は、早くそこから逃げ出したかった」  10年も前の話を私を撫で回しながら、レオはしてきた。  その頃はクリスと婚約することが決まった時だ。 「食事で、温かいスープが出されたんだ。マサス王国では飲んだことないくらい暖かくて美味しくて⋯⋯」  出されたスープの話を私を撫で回しながら熱っぽく語ってくるレオに、私は必死に戸惑いの表情を隠した。 「これも、どうぞ飲んでください。お腹いっぱいなので助けてくださいなって君が自分のスープを持ってきた⋯⋯」  8歳の私は我儘令嬢だった。  きっと、嫌いな野菜でも入ってて、見知らぬ人にスープを渡しにいったのだろう。  その何の気ない行為のせいでレオから執着され、結果的に周囲から貶められ故郷を奪われたと言うことだ。 「そうだったんだ。私、レオがスープをもっと飲みたいだろうと思って持って行ったの。あの時から、幼いながらも、あなたのこと気になってたのかもね。それなのに、レオは私が体調悪くても気にしてくれないの?」  私はキースへの気持ちを自覚した今、とにかくレオに抱かれたくなかった。  だから、知恵を絞りレオが去ってくるような言動をした。    「分かった。今日のところは退散するよ。でも、側室を迎えるつもりはない。俺は君しかいらないんだ」  レオが私の唇に軽く口づけをして去っていく。  彼が去った後、その唇を私は切れるんじゃないかと言うくらい手で拭き取った。  レオを追い出すのに精一杯で、魔法学校に通いたいと伝えそびれてしまった。  魔法学校に通って、カリナやみんなと楽しく笑って、キースと恋がしたい。  そんな夢は、私のように生きる為に男に体を差し出した穢らわしい女には敵わないのだろうか。  悲しい気持ちに泣いていると、私はいつの間にか疲れて寝てしまったようだ。 ♢♢♢ 「ルカリエ、やっと起きたね。今からスグラ王国に帰ろう」  私が目を開けると、船上の貴賓室にいた。 (スグラ王国の船だわ。私、誘拐されたのね⋯⋯)  目の前には私が10年愛して、私をボロ雑巾のように捨てたクリスがいた。  彼が心底私を愛おしそうに見つめる瞳に、私は怒りの炎が灯るのを感じた。  クリスの護衛は精鋭揃いだから、脱獄も可能だろう。  しかし、王妃である私を誘拐したとなれば戦争になりかねない。  裕福な大国であるスグラ王国は、マサス王国に圧勝するだろう。    でも、魔法の力があれば、マサス王国が勝つかもしれない。  そんな時に、魔法学校の友達が戦争に駆り出されるのだろうか。  私は、カリナやみんなが危険な目に遭うのを避けたいと思った。  
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