17.本当にクリスにとっての悪女になってやろう。

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17.本当にクリスにとっての悪女になってやろう。

「クリス、そんな目で見ないで。私はマサス国王の妻よ」  私の言葉にクリスは苦い顔をした。 「彼に汚されてしまったこと、俺は一生かけて忘れようと思う。君はまだ綺麗だよ。ルカリエ⋯⋯」  クリスの返しは想像もつかないものだった。 「私が汚されたって⋯⋯そうね⋯⋯モリア・クーナはどうしたの?」  私はクリスに捨てられてから、生きるのに精一杯だった。  その結果をあっさり彼は、「汚された」で片付けようとしている。 「モリア⋯⋯あの、詐欺師か⋯⋯アレが子供を産んだら洗脳が解けたんだ。全く、酷い目にあったよ。ルカリエ⋯⋯離れてくなんて酷いじゃないか」  クリスは洗脳されていたと言う間のことを、どこまで覚えているのだろうか。  私を足蹴にして追い詰めた記憶まであったら、こんな被害者ヅラできないはずだ。  しかし、そんな事聞くのも面倒な程、私はクリスの愛に興味は無くなっていた。 「モリアはあなたが私を捨ててまで、ご執心だった子じゃない。彼女、子供を産んだんだ。ゆくゆくは国王になる、あなたの大切な子ね」  モリアを詐欺師呼ばわりしたと言うことは、クリスが彼女を罪人扱いしているのは確かだ。  彼女の子であり、スグラ王族の血を引いている名も知らぬ子の行方が気になった。  私はボロギレを着ている幼い子を中心に形成された魔法学校を思い出していた。  彼らがどこから来たのかはわからないけれど、自分の意思で行き先を選べる年ではない。  そして、モリアとクリスの子も意思もはっきりせぬまま政治の為、道具のように扱われているのではないかと気になった。 (まあ、王族の血を引いてるし丁重に扱われてるわよね) 「洗脳されてた俺自身が1番傷ついているのに酷いこと言うんだな。ルカリエ⋯⋯君以外の女なんて、どうでも良いよ」  クリスと私は今までプラトニックな関係だった。  それなのに、クリスは今、焦ったように私に口づけをしようとしてきた。  私は自分の口を手で塞ぎ、それを避ける。 「やめて⋯⋯クリス、私以外の女どうでも良いって言うなら、私もそのどうでも良い女の仲間に入れてくれないかな?」  これは、私の偽りざる本音だった。  彼のキスを1年前の私なら喜んでいただろうが、今の私には不快なものでしかない。 「君は俺のことを愛しているって言ったじゃないか」  クリスが寝台の上に私を押し倒したながら言ってきた言葉に、私は確信した。  私が彼に愛していると伝えたのは、彼が洗脳されていると主張している時だ。  つまり、彼は洗脳している間の自分の言動を覚えている。  そして、結婚するまでは私に指一本触れない約束をして大切にしてくれていたのに、今は私を抱こうとしている。 (最低な男⋯⋯) 「寒い⋯⋯」  クリスは自分はフワフワのウサギの毛を羽織っているのに、寝巻き姿の私を気遣ってくれる訳でもない。  それどころか、私の寝巻きを脱がそうとしてくる。 (キースなら、私が寒さで震えているのに気がついて毛皮を私にかけてくれるわ)  キースを思い出すと、私はクリスに抱かれるのは死んでも嫌だと思った。  でも、抵抗したところで私の力ではクリスには敵わない。  その時、私はクリスが私を悪女呼ばわりしたことを思い出していた。 (だったら、本当にクリスにとっての悪女になってやろう)  私は、悪女というのを小説の中でしか知らない。  『傾国の悪女』という小説では、美貌の主人公ルシアが君主を唆してその権力を奪っていた。    私も主人公ルシアのように、己の美貌を活用し、クリスを利用して欲しいものを手に入れてやろうと思った。 「ねえ、クリス。私のことを大切に思ってくれるなら、こういう事は結婚してからにして欲しい」  私は、手を伸ばしてクリスの頬に触れ、縋るような目つきで見つめた。  本当はこのような自分勝手な男を罵倒してやりたい。 (今は、我慢よ⋯⋯) 「ごめん、ルカリエ⋯⋯君を大切に思ってないわけじゃないんだ。ただ、マサス国王との記憶を上書きしてあげたくて」  クリスは本当に身勝手な男だ。  ただ、私に欲情していただけなのに、私の為に私を抱こうとしたと言い訳してきた。  彼が身勝手で自己中心的な事はスグラ王国時代から気がついていた。  彼は私以外の貴族令嬢には冷たく、使用人には横柄な態度をとっていた。  私はそれでも彼と結婚をする道しか用意されなかったので、彼の良いところだけを見て愛する努力をしていた。 「私は、大丈夫。私たちの関係って今何なんだろう。あなたの妃はモリアでしょ。今、私のことを情婦扱いしようとしてる?」  私は彼が好む甘ったるい声色で語り出した。  今、思うと私はスグラ王国にいた時は、かなり彼に媚びていた。  彼がどんな私を好むかを考えながら、ずっと彼好みの女を演じていた。 「そんな、訳ないじゃないか! モリアとは離縁したよ。君とマサス国王も別れさせてやる!」  クリスが決意したように、私を抱き起こして手を握ってくる。  私は、子供まで作りながらモリアとあっさり離縁したクリスの薄情さに呆れた。  それと共に、クリスがレオと私を別れさせてくれると言ったことに企みがうまくいきそうだとほくそ笑んだ。
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