1.君はもう僕のものだ⋯⋯。

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1.君はもう僕のものだ⋯⋯。

 私の故郷では見られない雪が降っている。  キラキラ光る宝石のように見えるのは、空気が澄んでいるからだろう。  乾いた空気が本当に気持ちが良い。 思わずバルコニーに出ると、私の愛しい人が追いかけて来た。 「ルカリエ、そんな格好で外に出たら風邪をひく⋯⋯」  後ろから抱きしめてくるのは、今日私の夫になったレオナルド・マサスだ。  彼の温もりは私を包み込み、私も少しでも自分の温もりを返そうと身を捩った。  彼が私の銀髪の髪を愛おしそうに撫でてくれる。 「もう、レオったら、そんなに早く私を自分のものにしたいの?」  私の質問に静かにレオはうなづいた。  彼の黒髪が夜風に他靡く。  彼の暗い、深淵を見つめるような瞳が好きだ。 (愛しい⋯⋯)  私はこれ程に自分を求めてくる男を前に、味わったことのない感情を抱いていた。 私は1年前にスグラ国の王子に婚約破棄を言い渡されたばかりだ。  クリス・スグラとは心が通じ合っていると信じていた。  しかし、それは私の思い上がりだった。  彼はモリア・クーナ男爵令嬢が現れるなり、彼女に夢中になっていた。  彼は彼女の言葉を全て信じて、私との婚約を破棄した。  私は誰もが憧れる王子の婚約者から悪役令嬢に一瞬でなった。  覚えのない嫌がらせの冤罪までかけられて、私は遠い島国マサスに流された。  地位も名誉も失った私を救ったのがレオだ。  豪雪地帯でもあるマサス国は、今日も雪景色だ。  レオはマサス国の王でありながら、罪人とされる私を求めた。  私の名誉を回復させ、爵位を与え自分の婚約者とした。  その時、バルコニーから1隻の船が桟橋に接岸するのが見えた。  船の先頭にはスグラ国の王章が見える。  ブリザードの吹き荒れるこの時期のマサス王国に上陸するのは命懸けだ。  周囲を氷山で囲まれていて、船がいつ挫傷するとも分からない。  船から降りてきた、小さい影は私が10年以上も思い続けたけたクリスだった。 (結婚式にも呼んでないのに、何しに来たの?)  私が動揺していると、急にレオが私の耳をはんできた。 「な、何するの?」 「君はもう僕のものだ⋯⋯」  寒さで凍え切った私の体はレオによって寝台に運ばれた。  ベッドに寝転がされて見上げた彼の顔は少なからず、焦っているように見える。  「レオ! スグラ国の船が⋯⋯!」 私の言葉は彼の狂おしい程の口付けに塞がれて続かなかった。 「もう、忘れて⋯⋯クリスのことも⋯⋯スグラ王国のことも⋯⋯」 私は彼が絞り出すように伝えてきた言葉に少なからず動揺した。  スグラ国での出来事は私にとって人生の根幹を築いたような経験だ。 (あの理不尽な出来事がなければ、私はずっと守られるだけの弱いお嬢様だったわ)  8歳で当時スグラ国の侯爵令嬢だった私は婚約者クリスと引き合わされ、彼に捨てられる18歳のその時まで彼を愛した。 しかし、それは私の一方通行な愛だったと18歳の時に知ることになる。 「忘れさせる程、夢中にさせてくれるんでしょ。レオ⋯⋯」 私が彼の首に手を回し、口づけすると彼はそれに応えてきた。  クリスの姿を見ただけで、胸がざわついて仕方がない。 私が10年以上思いを寄せた金髪碧眼の王子様だ。  ずっと仲良くやって来たのに、彼が私に冷たくなるのは一瞬だった。 「レオも私に飽きたりして⋯⋯」 感じるままに発した一言は、私の本音だった。  クリスは私と10年以上いることで、飽きたのではないだろうか。 今、目の前にいるレオもいつ私に飽きるか分からない。 「飽きさせてくれるつもりはあるの? ルカ⋯⋯本当に悪い女だな⋯⋯君を知ってしまったら、君以外欲しくないよ」 彼はそういうと私に覆い被さってきた。 私は今日彼の妻になった。  クリスがどうして、突然私を拒絶し非難し始めたかなんて今は考えたくもない。  今は、私を求めるレオにただ溺れていたい。 ♢♢♢ 「体は大丈夫か?」 「そんな柔じゃないわよ」  翌朝私を気遣う言葉を発するレオに、私は照れ臭くてそっけなく返した。  レオは美しくて、性格も穏やかな男だ。 (私を求める時だけは人が変わったように獰猛になるけれど⋯⋯) 「はぁ、可愛いよ。ルカ!」 朝食の時間で、ダイニングに行かなきゃいけないのにレオがベッドに私を押し倒してきた。 「ちょっと、レオ! ダメだったら」 私の抵抗する声に反応するように、寝室の扉が開かれた。 「ルカ! 帰ろう! 俺と一緒に⋯⋯」 まるで、私を助けに来たヒーロのように振る舞うクリスがそこにいた。 ここは王妃の寝室だ。  よくここまで、入って来られたものだ。  レオの計らいで、私を傷つけたスグラ王国の人間はマサス王国には出禁になっていた。  もちろん、その筆頭が私の元婚約者である、クリス・スグラだ。  彼は、私の乱れた格好を見て固まっている。 (初夜の後なんだから当然じゃない⋯⋯おかしいのはあなたよ)  彼は私を言われのない罪で追い詰めた人間で、私の敵だ。  ただ、10年以上思いを寄せて結婚を考えていた相手ではある。 「モリアの元に戻って! もうあなたは私に必要ないわ」  モリアは突然現れて、私から何もかもを奪っていた女だ。  そして、私にはない可愛らしさを持った女で、とんでもない嘘つきだ。  ありもしない誹謗中傷と攻撃を私から受けたとクリスに吹き込んだ。  そんな信じがたい事実を信じたのはクリス自身だ。 (私との10年ってなんだったのよ。本当に笑っちゃう⋯⋯)  私はクリスの気持ちが離れて初めて、自分の持っていたものはいつ失ってもおかしくないものだと気がついた。  まあ、それは今も同じかもしれない。  私を寵愛しているとされる人間がクリスからレオに変わっただけだ。  このような生き方をしていては破滅をすると分かっていている。  クリスを信じて裏切られ、今はレオを信じて裏切られる日を恐れている。 (だから、私は誰にも負けない力を手に入れないと⋯⋯) 「違うんだ! 俺はモリアに洗脳されてただけなんだ。本当に愛しているのは、ルカ⋯⋯君だけだ」 新婚初夜の後の寝室に乗り込んで、クリスは何を言っているのだろう。 「そうね、あなたは恋の病にかかってたかもね。モリアに飽きたのなら、次の女にいったら? ただし、私以外で宜しくね!」  冗談じゃない。  クリスが王権を振り翳して、言われなき罪で私を罰して地位も名誉も失った。 そ んな私を守り地位を回復させ、癒してくれたのは間違いなくレオだ。  クリスは何をしに来たのだろう。  島流しをされた私がレオと出会わず、全てを失ったままなら彼の手を取ってたかもしれない。  でも、私には今レオがいる。  だから、もうクリスは必要ない。
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