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Ⅸ章
もしかして、ジュンに憑いている疫病神の仕業?
雅貴は仕事熱心な疫病神に敬意を表すと同時にこの状況に困り果てていた。
少し前まで、雅貴はクルーズ船の三階のデッキで珠樹を監視していた。珠樹が二階に下りると言ったにも関わらず居なくなったと順也と伊織から報告があり、各自捜索をすることになった。すると一階に居る翼から珠樹を発見したと無線が届いたので、雅貴も合流しようと一階に下りようとした時だった。
「あの船、何?」
複数の乗客が海を指差した。その方角を見ると、クルーズ船の真後ろに船が走行している。一見漁船に思えたが、それにしてもクルーズ船との距離が近い。珠世達が何か企んでいるのか? すると漁船から複数の銃を持った男達がジャンプして、クルーズ船の一階へと渡って来た。
「え? どういうこと?」
乗客が困惑している。暗殺者達の仲間かもしれない。雅貴が無線で伝えようとした時には遅かった。男達は三階の甲板に上がって来たのだ。
「俺達はバンディーだ」
バンディー。有名な窃盗グループの名である。金持ちから金品を強奪して売りさばいたり、恐喝して金を出させる。例え強奪犯を逮捕しても、上層部は別に居る為、解体されることはない。窃盗の実行犯は使い捨ての若者が多いからである。珠世達がバンディーを雇ったのか? でもこの間のパーティーを襲撃させた連中はそこら辺の若者に金と武器を渡して襲わせただけだ。何故今ここでバンディーが出て来る? 雅貴は思考するが、今はそんな場合ではなかった。
バンディー達は乗客に銃を向け、二階へと連行する。雅貴も大人しく従った。バンケットホールに召集されると、陸郎と清美の姿があった。陸郎は不安げに雅貴を見つめる。更には育三と珠世も居る。珠世に関してはこの場でも毅然としている。やはり、珠世の差し金なのだろうか。
「これで全員か? 良いか。ここに居る者は全員財布、アクセサリー、時計、スマートフォン。金になるものは全部出せ。歯向かったらどうなるか分かっているだろうな」
バンディーの一人が言うと、威嚇射撃で天井に向かって銃弾を放つ。ホールに叫び声が響き、緊迫感が広がっていく。
さて、どうしたものかね。雅貴は状況を確認する。バンディーは金目の物を取るとさっさと撤退する。反抗さえしなければ危害は加えない。ただ気に入った女性や権威のある男性を誘拐することもあるらしい。この場に順也達や暗殺者の姿はない。本来なら無線で順也達と交信したいが、さすがに目立つし見付かる。珠世の差し金か、はたまた順也を気に入っている神の仕業か……。どちらにせよ、珠樹はこの場には居ない。今は乗客を守ることを最優先に考えた方が良い。
バンディーは客達の方に行き、金品を回収し始める。ここは下手に刺激させない方が良い。雅貴の番になった。
「さあ、出せ」
男は箱を手に持っている。箱の中には既にネックレスや時計、スマートフォンが入っている。
「はい」
雅貴はスマートフォンと財布と安物の時計を箱の中に入れる。
「荷物はそれだけか」
「そうだよ」
「その鞄は?」
雅貴は息を呑んだ。
「……これは仕事用のパソコンだけど。大したものじゃないよ」
「それも出せ」
鼓動が速くなるのを感じる。これは駄目だ。
「……」
「どうした、早く出せ」
雅貴にとって自分の命よりも大事なものが三つある。愛する妻と娘の命。そして、自身のパソコンである。パソコンのデータはバックアップを取っているので、例え壊されても復元出来る。ただ、このパソコンは大事な人達が雅貴の為にと買ってくれたものだ。その大事な人達とは順也と伊織である。訓練生の時から同じチームで戦い、正式なチームに昇給した際に、二人が買ってくれたのだ。このパソコンは雅貴が正式なエージェントになったら買おうと思っていた、スペックの高いパソコンだ。当然値も張る。それをリーダーには色々迷惑を掛けているからとプレゼントしてくれたのだ。雅貴は生まれて初めて、プレゼントを貰って泣いた。丁度酒の席だったので酔っ払って泣いてしまったのだと二人には思われたが、例え酒を飲んでいなくても泣いていた。それ程、嬉しかったのだ。
「おい、聞いているのか」
このパソコンはただのパソコンではない。大事な二人から貰い、今までずっと共に苦難を乗り越えてきた相棒なのである。替えがきかない。奴らにとってはぼろいパソコンでも、雅貴にとっては自分の命よりも大切な宝物なのだ。
「これは渡せない」
雅貴は鞄を両手で抱え込む。
「何だ、何が入っているんだ!」
男が声を上げるので、雅貴はすぐにパソコンを取り出した。
「ほら! ただの古いパソコン! 五年以上前のモデルだし、要らないでしょ!」
「一応出せ」
「絶対に嫌だ!」
雅貴が拒否をすると、男は銃口を向けて来た。更に騒動を聞きつけた他のバンディー達もやって来る。
「どうした?」
「こいつがこのパソコンを渡したくないってうるさくて……」
「これは絶対に渡さない。俺の命よりも大事なんだ」
「それ程価値があるってことだな」
男が雅貴に詰め寄る。雅貴はパソコンを抱きしめたまま後退る。どうする、東城雅貴? 絶体絶命のピンチじゃん。雅貴は周囲を見る。不安そうにしている客に対し、雅貴に集まって来るバンディー達。そして目に入ったのは希望の光。
「俺のパソコンが欲しいんだったら、全員で奪い取ってみなよ」
雅貴はそのまま注意を引き付ける。刹那、銃声がホールに響いた。バンディー達が振り返ると、すかさず伊織と有彩がバンディー達に発砲をし、そのまま男達と戦い始める。乗船客は慌ててホールの外に逃げ出す。
「いいねえ、まさに狂乱とはこのことだよ」
耀央は楽しそうに言うと、そのままナイフでバンディーを刺す。すぐにナイフに付着した血を見ると、
「あー、やっぱり汚ねえ」
と、顔を顰めた。
「雅貴、よくぞ敵を引き付けた!」
伊織は男達を倒しながら激励する。
「ありがとう。でも状況が読み込めないんだけど……」
伊織は何故だか敵であるはずの有彩と耀央と共に居る。
「ちょっと色々あって休戦中。この海賊達は順也の疫病神の仕業」
「やっぱりねえ」
雅貴は全てを察した。
「まだ仲間が居たんだね」
有彩は雅貴を一瞥する。
「必死にパソコン守っていたけど、ハッカーか何か?」
「ああ、うん」
雅貴は正直に白状する。ここまで来たら、仲間と認める他ない。
「ふうん。腕が立つの?」
「一回どっかの国の機密情報をハッキングしたよね」
伊織が雅貴の代わりに返事をする。
「凄いじゃん」
「それほどでも~」
いくら敵とは言え、褒められると悪い気はしない。
「あれ、イオちゃん。怪我」
雅貴は伊織の腕に切り傷があるのを見つけた、少しだけ血が滲んでいる。
「本当だ」
伊織が血を拭おうとした時。
「やめろ!」
突如耀央が大声を出す。その気迫に伊織は手を止める。
「勿体ねえだろ」
耀央はそう言うと、意外にも純白のハンカチで伊織の傷を拭く。
「ありがと……」
伊織は礼を言うが、耀央はすぐにハンカチを凝視する。
「……やべえ、俺の好きな色だ。お前、名前は?」
そう言うと、怪しく笑う。
「……」
「伊織だよ」
「伊織。良い名前だ。お前に合ってる」
勝手に名乗った雅貴に伊織は銃口を向ける。
「ごめん、ごめん。そう言えば、ジュン達は?」
雅貴は辺りを見回しながら尋ねる。
一方、順也達はクルーズ船の一階、後方を注視していた。海賊達の船が追走している。もっと言うと、クルーズ船と自分達の船を金具で留めている。連結させたのである。海賊船と言うと帆船を連想したが、実際は漁船で使用されていそうな普通見た目の船で順也は少しがっかりした。
「そんでどないすんねん。奴らの船に乗り込むか」
順也が確認した限り、甲板には数人の乗組員しか立っていない。多くはクルーズ船の方に出払っているのだろう。
「この中で銃を使える者は?」
「使えるけど」
聖の質問に翼はガンを飛ばしながら答える。
「ではお前。後方で支援しろ。瀬戸珠樹も一緒に居れば問題ないだろう」
「分かった」
「俺達はそのまま行くぞ」
「了解」
順也はまるで聖が自分のリーダーのように返事をして、瑛と共に海賊船に乗り込むと、バンディーの一員をまずは回し蹴りで甲板の上に伏せさせる。
「おお。やる気だな」
瑛は薄っすら笑う。奥から出て来るバンディー達を瑛は拳を振るって倒していく。聖も常に鞘に収めていた刀を日の元に見せる。
「カタナだぞ⁉」
敵が驚いたのもの束の間、聖は刀を振りかざす。そしてすぐに操舵室へと向かう。翼の出る幕はなかった。
「意外とあっさり片付いたな」
「元々こっちには人が居ねえんだよ」
順也と瑛は早々にバンディー達を倒してしまった。元よりそこまでの数は居なかった。順也は聖の行動を見てあることに気が付いた。
「っちゅうか俺が海賊やったら、自分んところのボスみたいにまずクルーズ船の操舵室に行くけどな」
「……」
瑛は何も言わないが、じっと順也を見る。順也はにこりと笑った。言葉を言わなくても、お互いの意思は伝わった。二人は海賊船からクルーズ船に戻る。
「翼、ここは頼んやで!」
「先輩、何処に行くんですか!」
「操舵室に行ってくる!」
順也は瑛と共に一階前方の操舵室へと走って行く。
「お前、突っ走りそうに見えて頭回るじゃん」
瑛は順也と並走しながら貶しているのか、褒めているのか分からない言葉をかける。
「……海賊の襲撃は俺の所為やからな」
いつもと違い暗い声色で話す順也に瑛は何も答えなかった。海賊の襲撃は俺の所為や。伊織や雅貴が何とかしてくれると思うが、自分の所為で関係のない民間人を巻き込んでしまったのだと思うと申し訳なくなる。これは俺の責任や。俺が何とかせなあかん。その責任感に駆られ、順也は翼と珠樹を置いて行ってしまった。
残された翼は珠樹と共にこの場を去ろうとするが。
「何処へ行く」
背後からの低い声音で翼と珠樹は足を止めた。振り返ろうとした時、翼はすぐに隣の珠樹を左手で突き飛ばした。翼の左腕に日本刀が振りかざされると、床に血が滴る。
「加賀美!」
床に倒れこんだ珠樹が思わず声が漏れた。
「背後から狙うとか、卑怯だな」
「卑怯? 奇襲と言って貰おうか」
翼と聖が睨み合っていると。外が騒がしくなる。二階から客が溢れ出て来た。おそらく伊織達がバンケットホールに居たバンティー達を退治したのだろう。客の中には鮮やかなブルーのパーティードレスを着た珠世も居た。二階のデッキに居る珠世と一階の後方に立っている聖は目が合った。聖はそれがスイッチのように再び翼に襲い掛かる。
「珠樹、逃げろ!」
「でも!」
珠樹は自分を庇って左腕から出血している翼を置いて行くのが憚られた。
翼は聖の攻撃をぎりぎりのところで避ける。客が一階へと下りて来る。一般人を巻き込むわけにはいかない。翼は焦慮に駆られたが、聖は翼しか眼中になかった。聖はもう一度翼に向けて日本刀を振りかざし、翼は右手で銃を取り出そうと一瞬目を離した隙だった。左手に不可思議な感触を覚える。銀色の枷、手錠だ。
翼は思わず顔を上げると、無表情の翼と目が合った。礼服を着た神父。それが別の存在に見えた。こいつは神父なんかじゃない。
「お前も来い」
聖は翼の左手に繋がれた手錠を自身の方に引っ張ると、翼の腹部に思い切り蹴りを入れた。翼は思わず呻き声が出てしまう。聖は翼が手に持っていた拳銃を海に落とし、乱暴に引っ張っていく。
「加賀美!」
「俺は大丈夫だ。お前は先輩達と共に逃げろ!」
翼は何とか声に出したが、珠樹は大きな瞳を揺らがせている。聖は手錠で繋いだ翼ごと、海賊船へと戻る。更に翼は鞘に入れた日本刀で顔を殴られる。
「聖、楽しそうだな。そっち行けば良いか?」
二階から耀央の声が聞こえた。聖は何も言わずに頷く。翼は残っていた力で思い切り身体を引っ張ったが、聖は少しふらついただけでびくともしない。聖は翼を冷たい目で見下ろすと、手錠を海賊船のデッキの手すりに付け替える。
「翼!」
翼が海賊船の甲板に居ると分かった伊織はすぐに銃口を聖に向けるが、操縦室の中に入ってしまった。伊織は操縦席の窓ガラス目がけて発砲するが船は動き始める。
「おいてくなよ!」
一階に下りた耀央と有彩が急いで船に移動する。伊織が発砲していることに気が付くと、耀央はすぐにナイフを翼に向けた。
「伊織。こいつの血で絵を描くことになるぜ」
伊織は発砲を止めるしかなくなった。
そして最後の一人、瑛も海賊船に飛び移った。
「順也。次会う時は敵だ」
順也にそう言い残した。順也は案の定操縦席に居たバンディー達を瑛と共に倒した。バンディー達は銃を持っているだけの一般人と言った戦力で、一発殴るか、蹴りを浴びせれば倒れてしまった。
「坊ちゃんを捕まえられなくて骨折り損だったな」
瑛はそう呟くと、海賊船に耀央と有彩が立っているのが見え、すぐに動き出した。順也は走り去る瑛の姿を見ていると、甲板の上に翼が居るの見えた。しかも負傷しており、手すりに手錠をかけられ動けない状態だ。
「翼!」
まずい。海賊船はクルーズ船から離れようとしている。順也も瑛の後を追おうと走り出そうとした時。別の何者かが海賊船目がけて走って行った。
「珠樹⁉」
珠樹は勢いよく海賊船に飛び移って行った。
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