Ⅶ章

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Ⅶ章

 珠樹は妙な苛立ちを感じながらホテルの部屋へと戻って行った。 護衛と称してやって来た連中が自分と同年代で緊張感がない。まるでバカンスにやって来たようだ。きちんと仕事をこなせば同世代でも信用出来るが、任務中にずっと料理を食べていたり、ネットサーフィンをしたり、しまいには敵と友達になる始末である。要するに不真面目なのだ。 あんな連中に任せて大丈夫かよ。 そう思うと、珠樹は無性に苛つきを覚えた。また湧き上がった焦慮も珠樹には分からなかった。 別に俺は生き残りたいわけじゃない。殺されたら殺されたで仕方ないと思う。 珠樹には生きたいと言う活力がなかった。 陸郎が勝手に護衛を頼んだだけだ。だから護衛が遊んでいようがどうでも良いはずなのに……。 何か調子狂うんだよな。 珠樹は自分の中で発露した感情が理解出来なかった。実際はいつも一人か陸郎しか居なかった珠樹の狭い世界が急に騒がしくなって、順応出来ていないだけだった。それは体内に入り込んだ病原菌と戦っているようで、今は免疫を作っている最中なのである。  珠樹は自分の部屋のソファにどしんと座る。 「あー、疲れた」  パーティー用にきつく結んでいたネクタイを解く。 「加賀美、何か飲み物持ってきて」  一緒に部屋に入って来た翼に声を掛ける。聖が寝室に侵入してきたこともあり、翼が珠樹と同じ部屋に寝泊まりすることになっている。 「ん? 加賀美、飲み物欲しいんだけど」  翼の返事がなかったので、珠樹はもう一度言う。 「飲み物くらい、自分で持って来いよ」  聞いたことのない低い声音が返って来た。 「え?」 「飲み物くらい、自分で持って来いって言ってんだよ。パリに住んでて日本語忘れたのか」  珠樹の翼の印象は、順也や雅貴と比べて頼りないがいつも笑みを浮かべている感じの良い奴である。パーティーの時も上手く父親と姉に対応もしていたし、歳も同じで話しやすい。四人の中で一番印象が良かった。  しかし今目の前に立っている翼はいつも浮かべている笑みはなく、ソファに座っている珠樹のことを睨みつけている。珠樹はどうして良いのか分からなかった。 「え、何? なんか怒ってる……?」  珠樹は恐る恐る尋ねる。 「怒ってねえよ。ただ先輩達に不躾な態度を取るお前に敬意を払うのをやめた。今までは仕事と思って我慢して取り繕ってきたけどよ、もう限界だ」  珠樹は翼が豹変した理由は何となく理解出来たが、それでも動揺を隠せない。 「……じゃあ今のお前が怒ってないとしたら、本性ってこと?」 「そうだよ」 「え? じゃあ普段のお前は猫被ってるってこと?」 「そうなるな。あれはリスペクトしている人達への態度。それ以外はこれ」  翼はそう言うと、仏頂面の自身の顔を指差す。珠樹は翼から説明をされても、まだ受け止めきれなかった。 「……猫被ってるって、他の三人は知ってんの」  知らないのだとしたら怖い。いつもはにこにこ笑っている翼が己を偽っているのである。 「知ってる。と言うか、俺がああなったのは先輩達のおかげなんだよな」  翼はそう言うと、珠樹の座っている対面のソファに腰を下ろす。 「あれは数年前、俺が人を信じて疑わないガキの頃だった……」 「なんか語りだした」 「結論を最初に言うと、俺は人間不信になったんだ」 「俺が今、人間不信になりそうだよ」  珠樹は思わず言葉にしてしまうが、翼は気にせず両掌を合わせて話をする雰囲気になっている。珠樹は黙って聞くしかないと諦める他なかった。 「まず俺達の組織に入るにはスカウトを受ける必要がある。一般の就職試験みたいに応募するってことは出来ない。組織に入るに相応しいと思われた人物だけに声を掛けるんだ」 「そうなんだ」 「んで、ろくに学校も行かず喧嘩ばっかしていた時に声を掛けられたんだ。勉強もあんま好きじゃなかったし、卒業してもやりたいことがなかったし、何より自分は選ばれたんだって錯覚して。馬鹿みたいに喜んだな」  翼は自身のことなのに憐憫な表情になる。 「それで当時兄貴みたいに慕っていた奴の所で戦い方を学んで任務にも行かせてもらって、俺は本当にその人のことを好きだったし、憧れていた。向こうも表面上可愛がってくれて、飯に連れて行ってくれたり、物も買ってくれたけど、俺のことを何とも思ってなかったんだ」 「……」  珠樹は返事が出来なかった。ここから先に語られる話は翼にとっては良いものではないだろう。 「ある日の任務でさ、南アフリカの抗争地域に連れられて武装集団のアジトを叩く任務があったんだ。まず俺にアジトに潜入させて、それから他の連中が攻撃に加わる作戦だった。馬鹿だから一番危ない潜入任務を任せてくれて、尻尾振って喜んで参加したよ。俺は後から皆が来てくれると思った。でもさ、来なかった」 「……つまり、囮だったってこと?」 「囮なんて可愛いもんじゃねえ。捨て駒だ」  翼は苦々しい顔を浮かべながらはっきりと言い切った。 「俺は奴らにとっては捨て駒で時間稼ぎの為に投入されたんだ。何とか生き延びることが出来たが、味方は俺を置いて逃げていた。俺は異国の土地で置き去りにされたってわけだ。全てを理解した時の絶望感って言ったら言葉で表現出来ねえ。とっくに大人なのに涙が込み上げて来て視界が見えなくなってさ。耳に入るのは全く意味の分からない言葉だけ。誰も頼る人も居なきゃ、そもそも言語の壁でコミュニケーションも取れない。無線以外の携帯機器もパスポートもねえ。孤立無援って言葉は、俺の為にあるもんだと思った。もう帰れないと思った」 「……でも帰れたんだろ」  珠樹は恐る恐る尋ねる。もし自分がそうなったらどうするだろうか。言葉も通じず、誰とも連絡が取れず、身分証もない。翼が泣くのも分かる。 「その晩は泣いたが、太陽が出てきたら猛烈に怒りが湧いて来た。絶対に俺を置いていった連中をぶっ飛ばすって気持ちで、とりあえず英語が通じる人間をあたって、最終的に運が味方して日本に留学経験のある観光に来てたマレーシア人に会ってさ。日本で欲しいアニメグッズを送る代わりに電話も寝床も用意してくれて助かった。そんで本部に電話したらさ、なんて返って来たと思う?」 「え? 戻って来るなとか……?」 「もっと酷い。貴方は死んでいるはずでは?って幽霊みたいに怯えながら言われたんだ」 「……ひでえな」 「だろ」  翼は笑う。 「まあ戻って俺のことを置いてった奴らをぶん殴れたから良かったけど、おかげで人間不信になっちまった。まさか裏切られるなんて思ってなかったし、そんな素振りもなかったから。だから、人を信じるのが怖くなった」  その気持ちは珠樹にも理解出来る。人を信じることがどれだけ難しいことか。 目に見えないものを信じることは、珠樹には出来ない。 「そんで一人で任務を請け負ってたんだが、出来ることにも限界があってな。それでチームのメンバーを探している先輩達のチームに配属になったんだ。最初はお前以上に失礼なことしてたけど、でも荒れていた俺を先輩達は見捨てないで信じてくれて、ようやく人を信じることが出来たんだ」 「それであんな猫かぶりが誕生したんだ」  珠樹が言うと、翼は睨んだ。 「あれは信頼している人の前でしか見せない。お前の信頼度はないから笑顔を見せる価値すらない」 「ふうん。俺は今のお前の方が話しやすいけど」  珠樹はそう言って立ち上がる。元々喉が渇いていたのを思い出した。 「おい。ついでに俺の分も取って来いよ」  翼は足を組んで横柄な態度で言う。パーティー会場に居た時と同一人物に見えない。双子の片割れだと言われた方が信じる。 「……」  珠樹は何も言わずに二人分の水を取りに行った。 「先輩! コーヒー持ってきましたよ!」  翌朝、ホテルのレストランで朝食を取っていると、笑顔を振りまいて順也と雅貴の分のコーヒーを持って来る翼の姿があった。その後、珠樹の元にもやって来る。 「おい。ついでに持ってきてやったぞ。感謝しろよ」  先程よりも声色が低く、不愛想である。またコーヒーカップの置き方も雑で危うく零れるところだった。 「あ、ありがとうございます……」  珠樹はその気迫に思わず敬語になってしまう。 「狂犬モード、久々に見るなあ」  伊織は朝から大量のクロワッサンを食べながら微笑ましく翼のことを見やる。 「いきなり殴られたりしなかった? 大丈夫?」 「え? 大丈夫だったけど……」  昨晩、大人しく水を持ってこなかったら殴られていたかもしれないと思うと、珠樹は翼の事が少しだけ怖くなる。 「昨日突然覚醒したんだけど、何あれ」 「あれが元々の性格なんだろうね。まあ珠樹様には本性見せて心開いているってことで」 「あれで心開いてんのか。ぞんざいに扱われている気がする」  珠樹は信じられないと言った様子である。  朝食を取ると珠樹と翼は出社の準備をする。 「とりあえず二人はこのまま出社ね。珠世はたまちゃんに社長業引き継がれたくないから、このままどんどん引継ぎをしていった方が良いと思う。ただ向こうは何かしらの手を打って来るから用心してね」  雅貴はそう言って二人を送り出した。 「ほんで俺達はどないするんや。こっちから動き出した方がええんとちゃう?」  順也は思い切って提案をする。 「昨日はたまたま負傷者が出なくて助かったけど、次はどうなるか分からへん。こちらから珠世と暗殺者に出向いた方が時間短縮やろ」 「ジュン。先走っちゃだめだよ」  雅貴は順也を制する。 「今回の任務の一番難しいところは何か分かる?」 「難しいところ?」 「どうやって暗殺を辞めさせるか」  順也の代わりに伊織が返答する。 「雅貴が最初に言っていたけど、この任務のゴールは珠世に暗殺をやめさせること。諦めさせるしかない。仮に暗殺者を何とかしても、また新しく雇われるかもしれない」 「ほな、どないすんねん」 「完全に心を折らすしかないね。そこで珠世の情報をかき集めて見た」  雅貴はそう言うと、パソコンの画面を順也と伊織の二人に見せる。 「こちらとしては有難いことに珠世はある国の機密情報を他国に漏洩している可能性がある」 「ほんまか」  それならば、最悪の場合警察に突き出すことも出来る。 「まあたまちゃんが良く思わないし、会社の評判に関わるからね。でも交渉材料にはなると思う」 「でもさ、あの女がそう易々と身を引くかな。なんかまた仕掛けてきそうだけど」 「そのことなのですが……」  三人の会話の中に陸郎が遠慮がちな声を出して加わる。 「先程珠世様から珠樹様にお伝えするようにと言われたのですが……」 「ほら、動き出した」  伊織は予想していたと言わんばかりだ。 「育三様の最後の思い出作りの為と、家族でのクルーズ旅行を提案してきました。日程は今週末です」 「絶対に罠やん」  このタイミングでは、家族の思い出作りよりも珠樹に罠を仕掛けてくる方の意味合いが強い。 「私もそう思います。確かに育三様は海がお好きで毎年必ずビーチにご旅行したり、定期的にクルーズにも乗船しておりました。しかしこの状況ですので……」  陸郎は口にはしないが、珠樹に行ってほしくないと言う気持ちが伝わってくる。 「珠樹の耳には入っとんのか」 「直に伝わるでしょう。どうしたら宜しいでしょうか」 「たまちゃんの意思次第ですが、たぶん行くと言うでしょうね」  雅貴の返事に陸郎は諦めたように顔を伏せる。  一方翼は仕事に忙殺されていた。珠樹の護衛の片手間に秘書の仕事を手伝う心づもりであったが、護衛の仕事などそっちのけで目の前の業務をこなす。具体的には珠樹が経理の時にやっていた取引先からの入金確認業務である。アヴニールでは人材を紹介した手数料を相手企業に請求し、利益を得る。発行した請求書を元にきちんと金額が入金されているのか確認するのだが、珠樹の社長就任騒動で経理業務の引継ぎが終わっておらず、今は翼が代理で経理の仕事をしている。事務職、もっと言うとパソコンにデータを打ち込む作業そのものが翼にとって苦痛を感じるので、この業務は中々骨が折れる。珠樹は珠樹で昨日の襲撃事件があった為か、外部からの連絡が途絶えない。フランス語で応対している為何を言っているのかは分からないが、珠樹は時に面倒そうに、時には少し穏やかな表情で対応をしていた。あっという間に時間は正午になる。 「加賀美、昼飯行くぞ」  翼は珠樹に指摘され、初めてお昼の休憩時間になったことを知った。 「もうそんな時間か」  翼は手を止めて立ち上がる。二人は社長室を後にすると、他の社員も使っているカフェテリアのある階まで下りる。初めは驚いたものだ。社長が一般社員も使っている食堂で昼食を取るだろうか。翼が言及すると、珠樹は“俺は肩書は社長だが、上の立場に居るとは思っていない”と言っていた。  カフェテリアに行くと、昨日のパーティーでの襲撃騒動を耳にしている社員が珠樹に声を掛ける。すっかり人気者である。翼は珠樹の周りに集まった群衆の一歩後ろで静観していた。珠樹は何だかんだ社長として社内からも受け入れられている。このまま穏便に社長として勤務出来るようにしないといけない。   昼食を取って社長室に戻ろうとすると、部屋の前にはある人物が立っていた。翼は珠樹と並んで歩いていたが、一歩前に出る。珠世である。昨日は派手な深紅のドレスに身を包んでいたが、今日は黒のワンピースを着ている。ただワンピースと言ってもゆとりのあるデザインではなく、身体のラインが強調されるような、ぴったりとしたものを着ている。余程自分に自信があるんだな。翼は黙って珠世を見返した。 「昨日は大変だったわね。大丈夫だった?」  珠世はあっけらかんとした態度で尋ねる。そもそもあの襲撃は珠世が仕組んだものである。 「……まあ。うちの秘書は優秀だから」  珠樹はもはや翼がただの秘書ではないと言うことを隠すつもりはないらしい。珠世は不敵な笑みを浮かべながら翼を一瞥する。 「珠樹、今週末空いている?」 「……何で?」 「お父さんの最後の思い出作りにみんなでクルーズに行こうと思って」  絶対になんかする気だろ。翼はそう思ったが口には出さなかった。 「時間は土曜日の十一時。ル・アーブル発でのんびりお昼を食べて海を見るの。お父さんの体調もあるから、夕方には陸に戻って来る船にしたわ。最後に家族みんなで思い出を作ろうと思うんだけど、勿論行くわよね」 「……」  珠世は口では質問するものの、これは強制である。確かに父親の育三は余命が僅かだ。家族の思い出作りと言うのも事実だろう。しかし、今このクルーズ船への誘いは他の目的もあるようでならない。ただのクルーズ船の誘いなら断れる。しかし家族を引き合いに出されたら……。 「……分かった」  珠樹は承諾した。いや承諾するしかない。 「ありがとう。詳しいことは後で連絡するわ」  珠樹の返事を聞いて珠世は妖しい笑みを浮かべる。 「あと貴方」  珠世は翼を見る。 「お父さんが新しい秘書に会いたいと言っているの。もし予定がなかったら、貴方も来てくれない?」 「分かりました」 「“お友達”も一緒で良いわよ」  そう言うと、珠世はハイヒールを鳴らして去っていく。お友達。順也と伊織のことだろう。 「身内の悪口言って申し訳ないけど、あの女豹苦手だわ」 「大丈夫。俺も苦手」  珠樹はそう言って翼を見ると、二人は少しだけ笑った。 「……さっきの話、何か裏があるよな」  社長室に入ると珠樹は椅子に座る前に尋ねる。 「ああ。何か仕掛けてくるだろうな」 「……行かない方が良いのかな」 「それはお前次第だけど、家族の思い出作りって言われたら行くしかないよな」  珠樹は椅子に座り込む。とても仕事をしないといけない雰囲気ではない。 「……俺さ、親父のこと嫌いだった」  珠樹は口火を切った。翼はその場に立ったまま珠樹を見つめる。 「仕事ばっかりで家のことは母親と陸郎に任せっきり。真面目に仕事してんならまだしも、毎晩飲み歩いて、香水の代わりにアルコールの匂いを付けていてさ、調子乗って情報屋とかやりだして、俺、誘拐されそうになったことあるし」 「マジで? 大丈夫だったのか」 「車に連れ込まれそうになったけど、一緒に歩いてた母親と陸郎、通行人に助けて貰って何とかね。でもさ、姉貴は助けてくれなかった」 「……」  珠世は根っこから珠樹のことを嫌っているのだろう。そうでなければ、暗殺など企てない。 「家族仲は最悪だけどさ。毎年必ず家族四人でクルーズに連れて行って貰った。堅苦しいフレンチのコース食べて、船の中探索して、海風浴びて。あの時間だけは唯一、普通の仲の良い家族みたいで悪くないじゃんと思えた。もし親父もそう思っているんだったら、最後に行きたい」 「俺もあの女豹が何を企てていようが行った方が良いと思う。マサさん達も同じことを言うと思うぜ」  この夜、ホテルの一室で作戦会議が開かれた。 「たまちゃんからのクルーズ船の情報を見たけど、パリから車で二時間半のル・アーブル発の船で、乗船時間は十一時から四時までの五時間。ランチコースを食べてゆっくり過ごす感じだね。招待客のリストを見させて貰ったけど」 「見たってどうやって?」  珠樹は雅貴の言葉に訝し気に尋ねる。 「覗かせて貰った」 「……ああ、なるほど」  珠樹はハッキングしたことを察する。 「どうやら珠世が招待した客しかいない。育三と親しかった友人や企業のトップなどが集められている。ここにデータを改ざんして俺達三人が入るのはちょっとリスキー」 「ほな密航でもすんのか」 「正解」 「マジで……」  伊織は肩を落とす。 「それしか方法はない。陸郎さんとツバサはちゃんと招待されているから、堂々と乗船してね」 「なんか俺だけすみません……」  伊織の落胆具合を見てか、翼が申し訳なさそうにする。 「それで本題はこれから。珠世や暗殺者達がどうやってたまちゃんに接触するか。乗船時間は限られているし、今回こそは失敗出来ない。奴らは本気でたまちゃんを狙いに来るはずだよ」 「……」  珠樹の顔が強張る。 「ただ暗殺だけなら事故と見せかけて、船から突き落とせば良い。でも向こうはデータを取り戻したいから拷問する時間が必要。手短に吐かせるならどっかの部屋に連れ込んで脅す感じかな」  雅貴の言葉に益々珠樹の表情が引きつって行く。 「それか人質連れて来る可能性もあるな。あんまり考えたないけど、他の客や家族とか」 「そうだね。それで吐いたらそのまま落とす」 「せやな。俺が向こうならならそうするわ」  伊織と順也の会話についに珠樹は我慢出来ずに立ち上がる。 「……じゃあ作戦決まったら教えて」  そう言うと部屋を出ていく。 「あの、俺も気になることがあるんですけど」  今度は翼が口を開く。 「珠世が俺を招待したのは、おそらく俺に余計な動きをさせない為です。向こうは食事やデッキに上がる時は“家族水入らずの時間を過ごしたい”とか言って俺や陸郎さんを遠ざけると思います。そうすると、珠樹の護衛が出来なくなるんですよね」 「先手を打って来たってことだろうね。でもそこは何とかして俺達が見張る。それよりも翼は極力陸郎さんと一緒に居てほしい。万が一陸郎さんが人質にされたら、たまちゃんはデータの在処を教えるかもしれないからね」 「分かりました」  翼は力強く頷いた。 「それで俺達三人は仲良く、密航の方法でも考えようか」  雅貴は何故か楽しそうに言うのであった。
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