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 蘇芳が本を受け取ると、薄く不敵な笑みを浮かべていた。その微笑みは、清流に棲む魚のように掴めそうでいて掴みどころがない。  誠は、その微笑みが謎めいていて、不穏で曖昧だと感じた。 「僕はこれで失礼するよ」 「待って!」  蘇芳は、本を片手に、雪花石膏(アラバスター)のような細い指をした右手で、誠の腕を掴んだ。夏だというのに、氷水のように冷たく華奢な手だというのに、思った以上に力が強くて、誠はゾクッと背中に悪寒が走った。 「誠さんに見せたい物があるんだ」  何を考えているか解らない蘇芳は、強引に誠の手を引いて、古めかしくて仄暗い屋敷の縁側から畳の座敷へと、彼を座らせた。  畳は日に焼けて、黄色くなっていた。それにしてもこの屋敷は、昼間でも暗く、庭には草木が鬱蒼と生い茂っているので、太陽光は余り届かない。  畳の色は、この屋敷は古さを示しているかのようだ。  座敷は夏でも涼しくて、蒲柳体質(ほりゅうたいしつ)の蘇芳が体調を崩した時は、いつもこの座敷で過ごすようだった。 「少し待っていて」  蘇芳は藍色の鹿子絞りの兵児帯の垂れる、後ろ姿を誠に向けて、バタンと障子を開けると座敷から出て行った。
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