契りちぎり

1/5
8人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
「今日も夫婦仲良くご出勤ですか」 「社長夫婦入りましたー」  教室のあちこちから挙がる冷やかしの声に、悠一(ゆういち)はげらげら笑いながら「誰が社長だ、誰が」と打ち返している。「だっておまえらいつもホームルーム開始ギリギリじゃん」「遅刻してねーんだから少なくとも社長出勤じゃねーよ」というキャッチボールの音を聞き流しながら、わたしは悠一の隣から離れ、そっと自分の席へ滑り込んだ。  もちろん、まだ高校二年生のわたしたちは結婚できないから、夫婦にはなれない。それでも、同じ中学に通っていた頃から付き合い始めて、今も変わらず恋人同士でいる悠一とわたしを「夫婦」呼ばわりする存在がいるのは当然のことだと思う。  だが、わたしにはよく分からないのだ。結婚とは、夫婦とは、どういうものなのだろう。まだ恋どころか愛すらも満足に理解していないわたしに、誰かの手を握りながら「一緒に生きてください」と言える日が訪れるのかさえ、ひどくぼんやりとしていて、掴みどころがないことのように思える。強がりのくせに寂しがりで、譲れないものは絶対譲らないけれど自分への自信は小指の先くらいしかないわたしが、まだ知らない誰かと一緒に寝起きしたり、両親がわたしにそうしたように、子どもを育てたりする日が来るのか。    そんなことより先に考えるべきことが、高校生たるわたしたちにはたくさんあるはずだけれど。  夫婦、という単語がどんどんわたしの奥へ独り歩きしてゆく。だから、否が応でも考えてしまう。  いずれわたしの夫になる存在は、いま、この世界のどこで息をしている?  ホームルームが始まる。  二列隣の席で、悠一が小さく()()()()をしていた。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!