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いつもの散歩道、スマートフォンに気を取られていた少年は腕を引っ張られる感覚に足を止めた。
左手を見ると、いつもならゆったりとたわんでいるはずのリードがピンと張っている。少年が振り返ると、「わん!」という威勢のいい鳴き声が住宅街に響いた。
「どうしたの? 豆丸」
赤い直線の先には愛犬が前足を揃えてお座りしていた。その顔は「何があってもここを動きませんよと」と主張している。帰宅拒否の構えというよりはここに居たいのだと言われた気がして、大地はとりあえず豆丸の頭を撫でた。
出会ってから五年、豆丸はすっかり“豆”という言葉が似合わなくなってしまった。高校生の大地が抱えきれないほど大きい訳ではないが、自宅まではまだ四、五分歩かなければならず骨が折れる。
そのうえ、従順な性格をしている豆丸がわがままを言うことは珍しい。特別な理由があるのだろうと考えた大地は、促すように向きを変えた豆丸の鼻先を追った。
「ああ、あの猫か」
そこには、ブロック塀の上からこちらの様子を窺っている白い猫がいた。
「わんわん!」
豆丸が吠えると、猫の身体がビクリと震える。
当たり前だ。猫は豆丸よりもずっと小さい。怖いに決まっている。なのに、猫は豆丸には見向きもせずに、訴えるような瞳でじっと大地を見つめた。
「お前……」
大地と豆丸がこの猫に遭遇したのは今日で三度目だ。猫は昨日もおとといも同じ時間、ここにいた。
一度目は豆丸を冷たくあしらう姿に気位の高そうな猫だなと思った。二度目はすり寄って来て人懐っこい猫だなと思った。三度目の今日は、なんだか少し薄汚れてかわいそうに見える。
「もしかして迷子なのか?」
差し出した大地の手に、猫は甘えるように頭を押し付けた。
犬のにおいが染み付ているはずなのに、気を許してくれるなんてめずらしい。うれしくなって触れると、思いのほか痩せた背中に大地の指先が硬直した。ざらりと猫の舌に心臓を舐められたような心地になる。
首輪をしているため飼い猫とばかり思っていたが、もしかしたら違うのかもしれない。この猫は迷子ではなく、飼い主に捨てられてしまったんじゃないか。そう思った瞬間、大地は無意識に猫を抱き締めていた。
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