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同じクラスの葛西颯真くんはクラスの中でもイケメンだ。それどころか、学年全体で見ても頭ひとつ飛び抜けていると思う。加えて身長も高く、スポーツも勉強も出来るのだから、もう誰も敵わない。そんな彼が今朝、犬を抱いて登校してきた。
クリーム色の毛並みをした、トイプードルの子犬だ。一般的な高校生活で目にするはずのない風景だった。しかし、先生もクラスメイトも特に気にしていない。私は、その光景に見覚えがあった。以前にそれを見たのは、中学生の頃だったはずだ。
「――犬。お前、昔もそういうこと言ってたっけ。高二で不思議キャラはきついぞ」
そう言ったのは幼馴染の依田一郎だ。今朝見た件の犬について、彼の部屋に上がり込んで相談していた。幼稚園以来の幼馴染である彼とは、性別を超えた友人関係にある。一郎という名前の印象通り、まさしく普通の男といった雰囲気だ。真剣な相談を茶化すような態度に、私は眉をひそめて抗議する。
「キャラとかじゃないから」
「だけどさ、犬が見えるなんて変だろ。頭とか、大丈夫か?」
馬鹿にされたのかと思ったが、一郎の真剣な表情を見て本気で心配してくれているのだと理解する。私は気を紛らわせるために部屋の隅を見た。古ぼけたペット用のクッションに、老いた柴犬が丸くなって眠っている。一郎が小学校入学前から飼っているハナだ。昔は三人でよく遊んでいたけれど、今ではたまに撫でるくらいしかしない。
「分かんないよ、私も」
一郎は小さく鼻を鳴らし、コップの麦茶を一口飲んだ。幼馴染の関係は、どうにもお互いを蔑ろにしてしまう。ただ、私にとってその距離感がとても心地よく、彼に気を許せる最も大きな理由だった。
「いつから?」
「だから、今朝見たんだって」
「違う違う。その、犬を始めて見たのはいつかって」
彼は床からベッドの上に座りなおした。小学校の時であることは覚えているが、詳しい時期は思い出せない。胡坐をかく一郎に目線を投げると、返答を急かすように私の額をつついてきた。彼に頭を揺らされながら記憶の糸を辿る。
あれは確か、小学三年生の教室だ。
犬を抱いていたのは、よくふざけて先生に怒られている男子だった。当時の私は、「学校なんかにペットを連れてきた悪人」と認識していたように思う。しかし、誰もそのことについて言及せず、彼が犬を抱いたままで授業が始まった。
小学生らしい無邪気な正義感を持っていた私は、休み時間になるや否や彼の元へ行く。そして、「学校に犬持ってきちゃダメなんだよ」と彼に告げる。すると彼は怪訝な顔で聞き返してきて、しだいに周囲の子たちも巻き込んで私を馬鹿にする会が始まってしまった。
なぜみんなにはあの犬が見えていないのか不思議で、それと同時に悔しくて、その時はあまり深く考えなかった。
はっきりと意味を理解したのは、中学二年生の冬のことだ。犬を抱いたり、リードで繋いだりしている同級生を見ることもしばしばあり、そういう人間に関しては半ば無視に近いようなスタンスを取っていた。ただ、その日は向こうから話しかけてきたのだ。
目立つ方でない男子が途切れ途切れに語ったのは、私に対する恋心だった。あまりに急だったから断ったのだけれど、私にしか見えない犬というぼんやりした存在が、輪郭を得たような気がした。
「じゃあ、それって恋愛感情の具現化みたいな?」
「私に聞かれても……」
「話聞いててなんとなく思い出したんだけどさ。小学校の、あいつ。あいつも多分お前のこと好きだったはず」
「じゃあ、ほんとにそうなのかな?」
一郎は困ったような笑顔で「俺に聞かれても」と返した。
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