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それからも葛西くんに話しかけてみるが、私に恋をしている確証は得られなかった。そんな中で、私の心はしだいに変質していった。葛西くんのことを好きになり始めてしまったのだ。イケメンだし、本心は分からないけど私に優しくしてくれる。この数週間で、彼がなぜモテるかの理由を知れた気がした。
教室にいるときはいつも彼を目で追ってしまうし、話すだけでドキドキしてしまう。私にとって明確な初恋だった。自分には縁遠いものだと感じていた恋愛が、私の軸へすり替わってゆく。たった一人の人間に対しての比重が大きくなっていく。そんな感覚だった。
ただ、恋とはおしなべて障害が立ち塞がるものである。
葛西くんの取り巻きの女子たちが、私に嫌がらせを始めたのだ。嫌がらせ、と言ってもイジメと呼ぶレベルではない。葛西くんと話していると割り込んできたり、私に対してだけリアクションが薄かったり、病院食くらい薄口の嫌がらせだ。
そんな嫌がらせに、私が屈することはなかった。いや、そもそも相手にしていなかったと言う方が適切だろう。こちとら一度きりの初恋なのだ。なりふりなんて構っていられない。彼が好きかどうかを確かめるためだった会話も、お互いをもっと好きになってもらうための行為になっていた。
「――でさ、明日の放課後、告白してみようと思って。どうすればいいかな」
一郎に聞くと、彼は大きなため息を吐いた。そして、心底面倒臭いとでも言いたそうな表情で私を睨みつけてくる。
「面倒くせぇ……」
言った。
「教えてよ~。私は初恋なんだよ? 右も左も分からないの」
「なんで威張ってんだよ」
「いいじゃんか。告白の言葉とかさ、一緒に考えてよ」
私がそう言うと、一郎はしかめっ面でハナのケージを見た。ハナはお利口にお座りし、こちらを見つめながら尻尾を振っている。なんだか前に見た時よりも元気になっている気がした。口を開けて呼吸する様が、笑顔に見えて可愛らしい。
「俺、告白、されたことねぇし」
一郎はハナに視線をやったまま、小さな声で尻すぼみに言った。
「へぇ、そうなんだ。一郎って意外にモテそうなのに」
「おい、“意外に“ってなんだ」
言葉はいつもの調子だが、なんとなく元気がない。照れているのだろうか。一郎はそういう繊細なところもあるから、今度からはきちんと考えてから聞かなきゃな。一郎はこちらを向かないまま、言葉を続ける。
「普通に、好きです付き合ってください、じゃダメなのか?」
「えー、何かつまんないじゃん。もっとさ、ロマンティックな感じ? みたいな? いい感じの告白したいの」
彼はうなだれると、「注文アバウトすぎんだろ」と文句をこぼした。
結局、一時間の議論の末の着地点は、シンプルな告白が一番だ、ということだった。一郎はずいぶん疲れた様子だったので、告白が成功した暁には何かおごってあげよう。相談に乗ってもらってばっかりで、一郎には何も返せていない。
しかし、なんだかんだで彼も私の背中を押してくれた。一郎の激励を胸に、私は翌日の放課後を迎えることになる。
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