人の世も厳しいが犬の世界も厳しいらしい

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 冷たい雨が降る夜のことだった。  駅前は深夜を過ぎて既に人気がない。  商店街を傘を差して歩いていると「くーん……」という弱弱しい鳴き声が聞こえてきた。  足を止め、シャッターが下りた軒下に視線を向けると段ボール箱が一つ路上に取り残されている。  微かにガサガサと揺れ動いていた。 「…………」  大きさから考えなくても、箱の中には子犬が入っているに違いない。  天気予報が間違いなければ、冷たい雨は明け方にかけて雪に変わる。  このまま放っておけば箱の中のモノは死ぬ。  悪いのは捨てた奴だ。俺には関係ない。  再び足を動かそうとした俺の耳に「くぅううん……」と更に弱弱しい鳴き声が入ってくる。  足が止まる。  視線を少し商店街の奥に向ければ雨の中に煌々と輝く24時間の看板。 「……あ~あ」  俺はため息をついて、パシャパシャと足元の水たまりを踏んだ。  ……………。  ――ありがとうございました~。  店員に見送られて自動ドアを抜けた俺は、コンビニの袋を引っ提げながら再び傘を広げた。  雨は先ほどよりも幾分か小雨になっている。  だが、あたたかい店内から出たせいか、空気は余計に冷たく感じた。  コートの襟を立てて来た道を戻っていく。  軒下の段ボールのところに戻ると、人の気配を察したのか、段ボール箱が微かにガサガサと揺れ始めた。 「くーん、きゅんきゅん……」  蚊の鳴くような小さな声だった。  生きるために必死に何かを訴えかけるような悲痛さが籠っている。  俺は何か皮肉に口角がほころぶのを感じた。  箱の中の生き物は俺と変わらない。  生きるためなら愛想を振り撒かなければならないし、そうでなければ生きていけないからだ。  この社会はそういう風にできている。  犬が飼い主に付き従うのとなんら変わりはない。  とはいえ、犬を飼う余裕はなかった。  休日出勤、残業が当たり前の会社に勤務しているからだ。 「……お互い大変だな」  せめてもの償いに俺ができるのは、今日明日を越せるくらいの施しをするだけだ。  コンビニ袋から子犬用の缶詰と飲み水を取り出して、段ボール箱の蓋を開ける。  中の生き物と目が合った。  暖かそうなオレンジ色の毛布にくるまれて、ふわふわした毛並みの子犬だ。 「さようでござるな……」  それが渋い声音でそう言った。 「…………」  俺は段ボール箱の蓋をそっと締め目元を揉んだ。 「……疲れてるのか俺」 「すまぬが何か某に恵んでくれぬか?」  段ボールの蓋の隙間から顔をのぞかせた子犬は、俺を見上げて流暢な日本語でそう言った。
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