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母のこと
主治医から聞いた話を、車内で弟に伝えた。
「それで、手術は成功したから私は一度帰宅するよう言われたの。麻酔が切れたら病院から私に連絡くるって」
「わかった。明日は? お母さんに会える?」
「直接はまだ無理だって。体調を見て、オンライン面会ができるようなら教えてもらえる」
弟はあいづちを打ちながら真剣に私の話を聞いていて、だからこそなにか漏れがあるような気がして落ち着かなかった。
手帳にメモもとっていたけれど、こんなことなら主治医にことわってボイスをとっておけばよかった。病院についてから手術が終わるまで、五時間はあったはずなのに、その間まるで頭が回っていなかった。弟に電話して、病名をスマホで検索して。看護師に言われた書類をたった数枚書くのにもひどく時間がかかってしまった。
道が暗さを増していく。空港から実家までの道はこんなに遠かっただろうか。
「一般病棟に移った時用に病院から頼まれたものもあるし、新聞も止めなきゃ。お母さんの職場にも連絡して……明日は実家でいろいろやることがあるから忙しいよ」
弟はしばらく黙り込んでいた。一度にしゃべりすぎただろうか。
「姉ちゃんはお母さんの顔見れた?」
「手術前に、一度。寝かされてて、白い顔してた」
「そうか……」
俺、結婚式の時の顔しか覚えていないや、と言って弟は黙った。
子どもの頃は、お互い大体何を考えているかわかった。宿題しなきゃとか、お母さんの小言がうるさいとか、アニメが始まる前だから時計を気にしてるんだなとか、目をみればわかったのに今はわからない。
田んぼの中を通り、山道をのぼり、下ると実家がある町が見えた。明かりが増えてホッとする。そのタイミングで「ご飯食べてないよね?」と聞いた。
「まだ」
「マルタ寄るね」
左ウィンカーを出した。スーパーマルタの駐車場はまばらで、停めやすかった。
「マルタ、昔と違くない? こんなんだったっけ」
「改装したのよ」
食料品から衣料品までそろい、21時まで開いている店は田舎では貴重だ。
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