実家

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 真っ暗な中、車を停めて、実家の鍵を開けた。 「あー、実家何年ぶりだろう」 「そんなに帰ってないの?」 「コロナの時帰省してなかったから……あれ、5年ぶりくらいになるかも」    家の中は静まり返っていた。母がいると料理に掃除にくるくると働き、何かしら物音がしているのに、家主の不在が響く。  荷物を運びこむだけで疲れた。「床が冷たい」という弟にスリッパを出して、ようやくバッグから病院でのメモを取り出す。伝え漏れはなかった。  ひとまず安心する一方、明日やることが目についた。母の職場への連絡、新聞を止める、歯磨きセットや箸、スプーンも一般病棟に移った時必要だと言われた。それから……。  立ち尽くす私は、「姉ちゃん」と呼ばれたのに反応が遅れた。 「あ、ごめん、何?」 「とりあえずメシにしよう。俺腹減った」 「……そうね」  母は今現在も病院で手厚く見てもらっている。私や弟がこの実家で何をしようと母の体調には関係ない。  そう、頭ではわかっていても落ち着かない。  弟はレンジでからあげ弁当を温めだした。「テレビも新しくなってるし」と野球にチャンネルを合わせた。居間が騒がしくなる。    昔、こんなことあったな、と思い出す。母の仕事が遅い時、二人で先にテレビを見ながらごはんを食べた。  弟は大きくなり、今夜母は帰ってこない。  プシュ。  弟はビールの缶を開けた。ごくごく飲んで、CMのように「ぷはー!」と言う。そして私の視線に気づいた。 「姉ちゃんの分も買えばよかったかな。 ごめん、迎えに来てもらったのに」 「いいよ。私そんなにお酒好きじゃないし」 「そうなんだ。……あっ、打ち上げた!」  逆転ホームランに弟は歓声を上げる。こんな夜に騒ぐのはどうにも場違いな気がしたが、彼は彼で電車と飛行機を乗り継いで長い時間かけてきて、表からは全くそうは見えないが内心ひどく疲れているのかもしれなかった。  冷蔵庫を開けると、タッパーに作り置きのひじきの煮物があった。魚の干物やプリンもあった。母が食べようと思って買ったものたち。  退院前に賞味期限が切れちゃうな、全部食べるか処分しなきゃ、と思いながら牛乳をコップについだ。レンジで温めている間に棚を探すとココアがあった。母は冬、ココアを飲む人なのだ。  チン、と音がして、私はココアをゆっくり混ぜて、飲む。  甘く温かい液体がのどを潤していく。  台所のサイドテーブルにはりんごとバナナ。 「果物も体にいいんだから食べなさいよ、ほらりんご切ってあげる」という母の声が聞こえてくるようだった。 
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