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野球が終わると、弟はニュースにチャンネルを合わせて音量を下げた。
私達は明日の打ち合わせをした。母は近所の小さな病院に自力で行って、そこで倒れて救急車で地方都市の大学病院に運ばれた。車の回収に行って、御礼を伝えて、運ばれる前の母の様子も聞きたかった。
母のスマホも調べた。罪悪感があったが「ごめん」と口に出して中身を見た。ラインには職場の人のやりとりがあり、カレンダーには来週友達と温泉の予定が入っていた。
「この人たちに返信しなきゃだよね」
「緊急じゃなければ明日にしなよ。姉ちゃんも疲れてるだろ」
「大丈夫だよ」
「いいや、明日にしな。顔が疲れてるよ」
「……そうかな」
「そうだよ。もう風呂入って寝よう」と弟は立ち上がった。そのまま和室の押し入れを開き、客用の布団を出し始める。「先に風呂入りなよ」と言う口調が、母に似ていた。
「何か病院から連絡あったらこわいから」と私のスマホを間に置いて、布団に入った。
「――姉ちゃんは今付き合っている人とかいないの」
「何、どうしたの急に。いないよ」
「こういう時にさ、一人って不安にならない?
俺、奥さんに言って出てきた時に、『こっちのことは心配しないで』って言われて、なんか、野球で言うと背後で外野守ってもらってるみたいな安心感があってさ」
言いたいことはわかった、けれど。
「一人でもやるしかないでしょ。
もう十何年も社会人してるんだし」
「あんたはこっちにいないし」という台詞をかろうじて飲み込んだ。
弟はややあって、「姉ちゃんは強いな」とひとこと言った。
引っかかるものがあったけれど、深追いするには疲れすぎていた。
「もう寝よ。おやすみ」
「おやすみ」
電気を消して5分とたたないうちに、弟の寝息が聞こえ始めた。
私はなかなか寝つけなかった。
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