実家

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 翌日は忙しかった。  母の職場に電話をかけ、現状としばらく休むことを伝える。親戚と、友達にも連絡する。  二人でかかりつけの病院に行って母の車も回収した。  10km離れた菓子屋に車を走らせ、母の職場に出向いて改めてご挨拶して手土産を渡す。  ふたたびスーパーマルタで食料品を買い込み、帰ってきて遅い昼食をとっているとインターホンが鳴り、出ると近所のおばさんだった。 「直樹くん、久しぶりだねぇ。 回覧板持ってきたんだけど、お母さんは?」  私は本日10回目くらいになる母の病状説明をした。 「あらそれは心配ねぇ。でも手術がうまく行ってよかったわね~」  弟が「そうですね、ほっとしました」と同調した。気を良くしたおばさんは新婚なんだってね、と弟をいじり、お姉ちゃんもいい人いないの? と私の苦笑いを誘った。  20分後におばさんが帰ると、二人ともどっと疲れてしまった。 「詳しく話してよかったの姉ちゃん。あの人おしゃべりだから近所中に広まるんじゃない?」 「もうその方がいいよ、退院後に気をつけて声かけてもらったらいいじゃない」  それもそうか、と弟はつぶやく。 「そういえばもう一人、仲のいい人いたじゃん、ふっくらした人。中田さんだっけ」 「田中さんね。あの人もう亡くなったよ」 「え、そうなの」 「三年前、がんであっと言う間にね」  弟は母の作ったひじきをもぐもぐと食べて、飲み込んでから口を開いた。 「浦島太郎みたいな気分だ。コロナの間に色々変わっちゃったな。  母さんが元気なうちからもっと帰ってくればよかった……」 「しょうがないよ、コロナもあったし。あんたは結婚して家庭があるし、私が一番実家に近いんだから」 「ごめんね、ありがとう。  姉ちゃんがいて助かった」 「直樹も来てくれて助かったよ」と返したがしかし、内心「弟には期待しない方がいいだろう」と冷たく思っていた。  弟はよくやってくれているしありがたい。だけどこうして帰省するのも数日のこと。この後、母のそばで頑張らなきゃいけないのは私だ。  夕方病院からまた電話があって、「順調に回復しています」と告げられた。オンライン面会ができると言われて、明日の14時から面会が決まった。  弟は明日夜の便の飛行機を予約した。「しょうがないけど、連休の最終日だから料金が高い」とぼやいていた。  その姿を見てふと、心にじみ出た思いがあった。気づかないフリをしていた、私の暗いつぶやき。 ――直樹、あんたがもっとまめに帰省していれば、お母さんの不調にも気づけたんじゃないの。
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